御曹司と愛され蜜月ライフ
「へぇ、男なのか。随分仲良さそうだな」

「それは、まあ……同期ですので、それなりに。……あの、課長、そろそろ営業部の方にはお戻りにならなくてよろしいのですか?」



この場を動かない彼に焦れて、とうとう自分から口にしてしまった。

ちくちくと感じるまわりの視線に耐えられなくなったのが私なのは事実だけど、なんだか負けたみたいで悔しい。


こちらの言葉に課長は「ああ、そうだな」とつぶやき、思いのほかあっさり身体を起こした。

もういつもの“近衛課長”の顔をして、彼は適度な距離を保ったところから私を見下ろしている。



「忙しいところ邪魔したな。会議室の件、調整してくれて助かった。ありがとう」

「いえ……どういたしまして」

「じゃ、失礼」



うなずいた私に、ふっと課長が口角を上げた。かと思うとこちらに背を向ける間際、私を流し見ながら自らの左耳をちょんと指先でつつく。

その行動の意味がわかった私は、思わず彼が示したのと同じ自分の左耳を隠すようにパッと手のひらで覆った。

おそらく悔しい顔をしてしまっている私を満足げに一瞥して、今度こそ課長は去って行く。



「ちょ……っちょっとちょっと卯月さん、なんですか今の……!!」



課長の姿が見えなくなるやいなや、すかさず話しかけてきたのは岩嵜さんだ。

実はさっきからずっと隣りにいた彼女、一応小声ではあるけど興奮しきった様子を隠しきれていない。

あーあーほらもうどうすんですかコレ~と声には出さず恨み言を唱えてみても、伝えるべき相手はもうエレベーターの中だ。
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