御曹司と愛され蜜月ライフ
仕方なく腹をくくって、私は岩嵜さんに向き直る。



「『なんですか』って、何が?」

「今! 近衛課長と!! めっちゃ仲良さそうにしゃべってたじゃないですか……!! ていうかあんな話しかけられてうらやましい……!!」



仲良く? 見えるかなぁ今の……?

私はあくまで平静を装い、パソコンを操作して会議室の予約状況を更新する。



「別に仲良くはないけど。こないだ、休みの日に外で偶然会って少し話す機会があったの。だからきっと気軽に声かけて来たんじゃない?」



言いながら、視線は画面に向けたまま。

とことん気のない私の返事に、岩嵜さんも若干クールダウンしたようだ。「え~そうなんですか~」とまだ不満そうにしつつも、こちらに向けていた上半身を正面に直す。



「そうそう。だから、いちいちおもしろがらないの」

「え~……だって近衛課長、卯月さんとしゃべってるときなんか楽しそうでしたし。あたしが前に話しかけたときは、かなり素っ気なくされましたもん」



くちびるをとがらせる彼女の言葉に、ついドキリとしてしまう。

岩嵜さんには素っ気なくしたのに、さっきは楽しそうだったって?

いやいや、まさかそんな。……そんなことは、ないでしょう。


風邪をひいた近衛課長を看病した金曜の夜は、もう2週間以上も前のことになる。

あのあと土日できちんと身体を休めたらしい彼は、週明けにはもうすっかり回復した様子で仕事に励んでいた。

本当に、あの人は根っからの仕事人間。月曜日に忙しなく外出していく姿を受付から見ていた私は、思わずため息をついたものだ。

そして、私たちの関係も相変わらず。たまにおかずを差し入れて、たまに一緒に食べたりもして、でもただそれだけ。

さっきの社内での接触は、さすがにちょっと驚いたけど。少し特殊な“隣人兼上司”の関係を、何でもないように続けられている。

……何でもないように、見せてなきゃいけないと思う。
< 93 / 139 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop