恋は天使の寝息のあとに
恭弥がコートの右ポケットに手を突っ込んで、そこから取り出した小さな何かを、私へ放り投げた。

慌てて身を屈めてキャッチすると、それは両手のひらで包み込めるサイズの四角い箱。
表面は赤い滑らかなスエード生地で覆われていて、あからさまな見た目のその箱は、中身が何か聞くまでもなく、すぐに察しがついた。

ドクン、と、鼓動が跳ね上がる。

顔を上げて彼を見つめようとするも、私に背中を向けたままで、こちらに目をくれない。
いつもそうだ。こういうとき、恭弥はそっぽを向いてしまって、私の視線に答えてくれない。

おそるおそるその箱を開けると、中のそれが窓から差し込む朝日を受けてキラリと輝いた。

「恭弥、これ……」

私の言葉に、恭弥は「あぁ?」とごまかして、わざとらしい軽い返事をした。


「一体いつの間に買ってたの……」

「さぁ。忘れた」

「ていうか、どうしてこんな大事なもの、投げるのよ」

「だって、お前に近づくと風邪がうつるし」

彼がポケットに手を突っ込んで、仏頂面で振り向いた。そのふてくされたような表情は、照れ隠しなのだろうか。

「そもそも、どうして朝の忙しい時間に渡すの!? もうちょっと二人きりのゆっくりしたタイミングとか、あるでしょう」

真っ先に文句が出てきてしまった。売り言葉に買い言葉、彼まで声を苛立たせる。

「夕べ、お前が風邪引いてたのがいけないんだろうが!」


そうじゃなくて。

そんなことが言いたいんじゃなくて。


ぐっと唇をかみ締める私に、恭弥が口を尖らせた。

「……いらないなら返せ」

「いらないわけないじゃん、バカ」


じわじわと瞳に涙が滲み、堪えきれなくなる。
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