恋は天使の寝息のあとに
無駄に上がってしまった熱を冷ましながら、私は辺りを見回した。

ふと、ダッシュボードにくしゃっと丸められた煙草の空箱が置いてあることに気づく。
赤のマルボロ、ソフト。彼の愛用品。

昔はよく、栄養補給と言いながら、心菜と離れたところで煙草を吸いに行っていたが。
そういえば最近、吸っているところを見た記憶がない。
煙草が苦手な私にとっては、吸わないでいてくれた方がありがたいのだけれど。

「……今日は煙草休憩、いらないの?」
私が問いかけると、恭弥は、ああ、と空になった煙草を一瞥した。

「やめた」
「禁煙?」
「うん」
「……心菜のために?」

長年染み付いてしまった煙草の癖を抜くのは簡単じゃないだろうに。
ヘビースモーカーだったこの男が、心菜のためにそこまで……?

恭弥はめんどくさそうに吐き捨てた。
「別に。自分のため」

もっともらしい答え。

「ふーん」
わざとらしく返事を返して、私はそっぽを向いた。

いつの間にか、完全に日は沈み闇が落ち、車内は真っ暗になっていた。
もうほとんど彼の表情は見えない。


この人が本当に心菜のことを大切に思ってくれているのは知っている。
それでいて、もし、私のことも愛してくれて
『結婚しよう』なんて言ってもらえたなら、どんなに嬉しいことだろう。

でも、きっとそんな日は訪れない。

この人は、私のことを愛していない。

彼の瞳と、言葉と、態度で
痛いくらいに思い知らされてしまうんだ。


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