As sweet honey. ー蜂蜜のように甘いー
「日比谷さん、見たよ雑誌」
「え?」
お昼を食べ終え、悠太よりも先に図書室を後にした私は、3年生の廊下を通ろうとすると見知らぬ先輩に声をかけられた。
「前々から、君のことは知ってたけど、まさかモデルまでやってるとはね」
「あの……」
随分と馴れ馴れしい口調だけど、誰なんだろうか。
「君、可愛いよね。ねぇ、彼氏とかいるの?」
「いませんけど……」
なんだか、厄介な人に絡まれてしまった気がする。
「ならさ、今度俺と一緒に遊ばない?」
「け、結構です」
「えー、いいじゃん、ね?てか、メアド交換しようよ」
「嫌ですっ」
「あ、ここじゃ話しづらいよね。中庭にでも行こうか」
お弁当を持たない方の手を捕まれ、恐怖心が募る。
振りほどこうにも振りほどけない。
「や、やめて……」
瞬間、丸眼鏡が視界に入った。
「あの、やめてあげてください。彼女困ってます」
アイドルの姿を完璧に隠した、拓巳くんだ。
「は?何お前」
「3組の日代拓巳です」
「ああ、アイドルと同姓同名のダサ男か。で?俺今取り込み中なんだよねー」
いや、アイドルなんですけどね
そうつっこみたいのを我慢した。
「……その手を離せって言ってるんだよ」
聞いたことのないほどの低い声が、耳に響いた。
「な、なんだよ……」
丸眼鏡の隙間から覗く鋭い視線が、見知らぬ先輩を射抜いた。
「容易く触れられるような子じゃないんだよ」
「っ……お前!」
怯んだ先輩は、掴む手を緩めた。
瞬間、今度は拓巳くんに手を引かれ、近くの資料室へと逃げ込んだ。
「ごめん、千代ちゃん」
「拓巳くん……ありがとう。でも、少しビックリしちゃった」
あんなに怒った拓巳くん、初めて見た。
「あーあ、アイツに俺の正体バレちゃったかな」
「でも、多分広めはしないんじゃないかな」
「だといいけど。てか、そもそも皆よく気付かないよね。同姓同名なのに」
「確かに」
少しの笑がこぼれた。
「はぁ……」
気の抜けたため息と友に、拓巳くんは丸眼鏡を外し、前髪をかきあげた。
その仕草が、妙に色っぽい。
「ねぇ、拓巳くんはアイドルとかやってて、嫌なことってないの?」
「嫌なこと?……少しはあるよ。例えば、陰口言われたり」
「それだけ?」
「うーん、他には、たまに嫌なスタッフや監督がいたりとか…。まあ、嫌なことって言っても人それぞれだけどさ。でもさ、嫌なことばかりとは限らないよ?」
「そうなの?」
「むしろ、楽しい方が多い。この仕事、楽しくないとやってられないしね」
そういうものなんだ
確かに、テレビに映るママも楽しそうだった。
「千代ちゃん、何か考え事?」
「少しだけ」
「俺は、輝く千代ちゃんがみたい。それだけだよ」