As sweet honey. ー蜂蜜のように甘いー
入ったばかりの楽屋を出て、近くの給湯室の小さなテーブルに座った。
「コーヒーでいいか?」
「あ、ありがとう」
コーヒーを注いだカップを目の前に差し出し、向かいに座った。
「ずっと話したいことがあったんだ」
「なんですか……?」
「俺と共演しないか?」
「共演?」
「ああ、来月から、オリジナル脚本の恋愛ドラマの撮影があるんだ。クールな高校生役として俺は出演する」
「……」
流くんは続けた。
「そこで、千代には、相手の女子高生役になって欲しい」
「はあ……………ええ!?」
「この話は前々から決まっていたんだが、まだ相手役が決まらなくてな。監督がオーディションをする度に全員不合格にしてなかなか決まらないんだ。一応、この話はもう監督に伝えてある」
「そうなんだ。でも、どうして私が?」
「お前は、あの東雲紗代里の娘だ。いや、こういった言い方は良くないな。お前には輝く素質がある。それを思ってのことだ」
「………ママの言った通りなんだ」
輝きがある
それに、周りの人も気づいている……
「ん?」
「なんでもない。前向きに考えておくよ」
この瞬間、私の答えはもう決まっていた。
堂々と言うには、まだ少し自身が足りなくて、口にするのを躊躇った。
「ああ、分かった。……俺は、お前となら良い作品が作れそうだ」
そっと、そう呟いた。
その表情には、少しの笑み。
「そうだ。俺の他にもメインで出演する奴がメンバーの中にいる。誰だ思う?」
メンバーの中に……?
なら、演技が上手そうな人かな
「拓巳くん……とか?」
「いや、違う。お前に1番身近な奴だ」
「もしかして、悠太?」
「そうだ」
そんなの一言も聞いてない。
って、あんまりそういう話はしないから、知らなくて当然か。
「『2人の男子高校生が、ひとりの女の子をめがけて獅子奮闘』的な。まだ台本もらってないし、完全オリジナルだから、どっちとくっつくかわからない。途中で書き換えられる可能性がある」
「じゃあ、正確には『流くんの相手役』じゃなくて『二人の相手役』なのかな」
「ま、そういうことになる」
私は、演技なんてしたことないし、上手くいくかなんてわからない。
でも、もう決めたから。
「さてと、そろそろ戻るか。早く戻らないと、悠太が起こりそうだ。楽屋入ったら圭は相手にするなよ?」
「どうして?」
「うるさくなる。いちいち構ってたら疲れる」
「そ、そっか……。流くんは圭くんといつから仲が良いの?」
「仲は良くない。出会ったのは、幼い頃だ。歌のレッスン教室で出会った」
圭くんが歌のレッスンを受けていたなんて驚きだ。
「あいつ、不真面目そうに見えて、昔から努力家で、結構真面目なんだ。ただ、表ではあんな風に振る舞ってるだけで。まぁ、あれはあれで本心でやってることなんだろけど」
そう話す流くんの視線が、どこか遠くて、儚げだった。
いつも、圭くんに対するあたりは冷たいけど、一番圭くんのことを知っていて、思っている。
なんとなく、そう伝わってくる。
飲んだコーヒーのカップを洗い終えると、流くんの少し後ろを歩きながら、楽屋に戻った。