白鷺の剣~ハクロノツルギ~
一番近い食事処に入ると、以蔵さんは適当に食べ物を注文した。

暫くして運ばれてきた海苔の巻かれていないおにぎりを見つめていると、

「刀は返す」

私を見ずに以蔵さんはそう言って酒を注いだ。

「本当……?!」

私たち二人を照らしている小さな行灯の炎が細かく揺れた。

驚いて眼を見張る私に、以蔵さんは軽く頷いて続けた。

「ああ。白鷺一翔は殺しに不向きだ」

私は昨日の情景を思い返してゴクリと喉を鳴らした。

……確かにそうかもしれない。

あの男の人達はまるで、自分が斬られた事に気付いていないようだった。

早く相手を仕留めたい暗殺者にとって、確かに白鷺一翔は不向きかも知れない。

「だからお前はもう帰れ」

思わず私は以蔵さんを見つめた。

「だけど」

その先の言葉が言えない私を、以蔵さんが涼しげな眼で見た。

「俺は、どうしてもやらなきゃならないんだ」

冷たい月のような瞳には、揺るがない決心が宿っていて、私はどうしていいか分からずに首を横に振った。

本当はもう一度言いたい。

土佐勤王党の党首、あなたが盲信している武市半平太は、あなたをただの殺人の道具にしてるだけ。

いずれあなたは捕らえられ、拷問されて、武市半平太には見限られて捨てられる。
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