白鷺の剣~ハクロノツルギ~
「痛むか?」

足を投げ出すような体勢で上半身を抱かれ、私は白鷺にもたれたまま首を横に振った。

「私は大丈夫」

白鷺を心配させたくなかった。

袖の中に隠した懐剣の固い感覚に、私は安堵した。

気を失う前、咄嗟に拾っておいてよかった。

だってこの懐剣を見たら、白鷺はきっともっと私を心配するもの。

私は出来るだけ自然に笑った。

「昨日ね、二人が寝てからお皿を洗おうとして転んじゃったんだよね。その時割れたお皿で切っちゃったのかな。夕べはお酒をいっぱい飲んだし」

白鷺は無言で私の左頬を見つめたまま、苦し気な顔をしている。

だから私はそんなに深い傷なのかと、手でソッと頬を触ってみた。

少し腫れているような感触だけれど、傷の長さも深さもハッキリとは分からなかった。

「……嘘をつくな」

低くて辛そうな白鷺の声に、私は再び首を振った。

「嘘じゃないよ」

「俺を誰だと思ってるんだ!」

白鷺の荒々しい声を耳にした瞬間、私はしまったと思った。

白鷺は刀匠なのだ。

腕の良い刀工である彼が、食器で切れた傷か、刀傷かの区別が付かないわけがなかった。

「あの、白鷺……」

取り繕うにも全くうまい言葉が浮かばない。

「何があったか説明し」

説明なんてする気はない。

私は白鷺の言葉を奪った。

彼の唇にキスをして。
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