光のワタシと影の私

スカウト

 その人はたびたびいろいろなライブハウスを回ってはピンッ!と来る音楽活動を行っている人たちをスカウトしている女性だった。見た目…二十代後半ぐらいかと思われる。
 ワタシがその人に出会ったのは、ワタシが16歳のときだった。
 地元のライブハウスは毎日のように多くの歌手やアイドルを夢見ている若手たち、半分趣味程度に音楽活動を行って時折ライブを行うような人たちが集う場所だった。ワタシはまだ未成年だったし、高校生活も当然両立させるという条件付きで両親からは音楽活動を続けることを許されていた。
 もちろん一人で音楽活動をするには限界があった。
 ワタシのポジションはボーカル。
 しかし、ボーカルを求めているようなグループを今更見つけるなんてことは無理な話しでライブハウスの壁のあちこちに張られているチラシの多くはギターリストやベースが可能なポジションのチラシばかりだった。
 仕方なく、ワタシは一人で作曲と作詞をこなし、自宅のパソコンを使って曲を仕上げるとその音源を用いてソロ活動を行っていた。今はパソコンで音楽ソフトを使用していけばドラムからギターといった全ての音源を仕上げていくことが出来てしまうからとても楽だった。寝不足になるのは仕方ないとして、学校が休みの日には徹夜を繰り返しながら自分が満足いくまで曲づくりに没頭していくという生活をしていた。
 ただ、曲が仕上がったとしても毎日のようにライブハウスに顔を出すことは出来なかったし、ライブハウスも他の音楽グループで予定が埋まってしまっているものだから運が良くて月に一度が二度ぐらいの活動が限度だった。
 ソロ活動をしているワタシがすぐに注目されるはずもない。音楽世界とはとても残酷な世界だということは百も承知だ。それでも止められないのはワタシが何よりも歌うことが好きだったからだ。
 小さな頃から家族や親戚の前ですぐに覚えた歌を歌ってみては周りが喜んでくれる姿、拍手を向けてくれる自分自身に誇りを抱いていた。
 最近では、インターネット上において仕上げた曲を流したほうがより多くの人に聞いてもらうことができるし、注目の的になれる確率も高まってきている。しかし、ワタシはライブという場を使うことでワタシの生の歌を届けることが他の何よりも価値が高いものだと思っていた。
 ただ、ライブを行うためにも必要なお金が掛かる。
 ライブハウスへの謝礼といったものだ。幸いワタシはパソコンで仕上げた音源があるために必要最低限の機材で音を流せれば後は歌うだけで良いのでライブを行うために多くのお金がかかるようなことは無かったけれど、それでもタダで行うのは気が引けてしまい日頃の感謝を込めてライブハウスを借りているお礼を込めたお金を支払っていた。
 お客に混じって、とてもライブを楽しみにライブハウスに来ているとは思えない落ち着いた空気を放っている人の姿をちらほらと見かけたことがあった。きっとその人たちは将来有望なグループのスカウトに来ているのかもしれない。
 ワタシもその人たちの目にちょっとでも止まるようにライブはいつもいつも熱を込めて行っていった。
 だんだんライブを行う回数を行っていくと嬉しいことにワタシの歌がファンだと声を掛けてきてくれるお客の姿も増えてきた。ライブを行えるだけでも嬉しいのに、その上ファンにも恵まれているワタシは贅沢者かもしれない。
 『ワタシの居場所 そこにワタシはいないの そこにいる?
 ここにいるの ワタシはここにいる 本当のワタシはどこにいる?』
 今回仕上げて来たばかりの曲調は落ち着いたもので、ピアノ伴奏がメインとなっているモノだった。曲のサビ部分に入っていくと、途端に曲調は変わり、激しいギターとベースが奏でていく曲調へと変わるのでとても同じ曲には思えないかもしれないが、自分の居場所を求めていくことを考えた歌詞に仕上げたつもりだった。
 今までボイストレーニングといった類のものは受けたことが無かったし、歌い方というものも自己流。それでも喉が声が潰れてしまうことがないように自然に歌えるキーで歌うことが出来る曲で本日のワタシのライブ演奏は終了した。
 「ちょっと、良いかしら?キミ」
 「ワタシ…ですか?」
 「さっきの面白い曲だったわね。貴女が作曲しているみたいね?どう?本格的に事務所に入って音楽活動してみる気は無い?」
 正直、ワタシの音楽も趣味程度と言われていたことも知っていたし、陰では笑われていたことも知っていた。だからこんなふうに声を掛けてくれる人が現れるなんて夢にも思わなかったから数秒、もしかしたら数十秒もの間沈黙してしまってじっと目の前に立つ女性を見つめたまま硬直してしまった。
 「事務所は…はい、これ名刺ね。気が向いたら連絡…もしくはいつでも来てみてちょうだい?貴女ならいつでも歓迎するわ」
 化粧は決して濃いというわけでもなく、薄化粧をしていても素顔が綺麗な二十代後半ぐらいの女性が差し出してくれた名刺を受け取るとただ、そのときには頷き返すことしか出来なかった。
 「あ、ありがとうございます!連絡のほうは、是非させていただきます!」
 「そう?ありがとう。じゃあ私は失礼させてもらうわね。さっきの曲、とても斬新で素敵だったわよ」
 斬新…。
 ワタシの曲を聴いてくれた人の中にはイイ曲だった、と言われることは少しだけあったけれど斬新と言われることは無かったからじわっと胸の辺りが暖かくなった。
 名刺を傷めてしまうことがないように、それでもぎゅっと空いた手を握り締めるとライブの後片付け…(といっても私の場合は音源を返してもらうだけだったから片付けらしい作業は最低限のものだったけれど)をするとそうそうに家に帰宅すれば携帯から名刺に書かれているアドレスに本日のライブで出会ったことと名刺をもらえて感謝していること、是非都合が良ければ詳しい話しをしてみたいということを綴っていけばだいぶ長文になってしまったが時間を掛けてメールを送ると夕飯にしては遅すぎる時間帯での食事を平らげ、本日の疲れを少しでも癒すかのようにお風呂に浸かり、寝入る準備をすると早々とベッドに寝転がっていった。
 「…スカウト、になるのかな…?ふふ、嬉しいなぁ~!」
 ワタシは、とにかく嬉しさの気持ちだけで受け取った名刺を大事に机の引き出しに片付けると精神的には興奮してしまってなかなかその日は寝付くことが出来ないと思ったが、ライブで歌うことはそれなりに疲労が溜まるために身体のほうが先に悲鳴をあげてしまっていつの間にか寝てしまった。
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