光のワタシと影の私

興奮冷めやらぬ翌日

 ワタシが受け取った名刺に書かれていた連絡先にメールをしてから翌日にはすぐに返信がされており、事前に連絡を入れてくれれば基本的にはいつでも事務所に来てくれても良いとのことだった。それから追加されるように、これからも歌うことを楽しんでいってほしいとの一言も付け加えられていて、先日のライブでは本当に良い出会いに恵まれたものだと思った。
 スカウトそのものを受けることもびっくりしたけれど、きちんとワタシの曲を聴いてくれて、感想も送ってくれるなんてそうそうあるものではない。
 ライブをしてきたこともあって昨夜眠りに就くのは遅かったかもしれないけれど、朝起きる時間はいつも通り同じ時間だ。携帯とは別に目覚まし時計も同じくセットしているためにワタシはすぐに目を覚ますことが出来る。
 「ふぁ~…。…ふふ、いつでも行って良いんだ~…」
 本当は今日にでも、今からすぐにでも支度を整えて女性の働いている事務所とやらに行きたかったものの残念なことに今日は平日。
 学校に行かなければならない。
 学校との両立をしっかりとした上で、音楽活動をすることを許されているワタシだから当然、学校がある日には学生生活を送らなければならない。
 面倒なこと、と思ったこともあったけれどしっかりと勉強もしていれば親は基本的には寛大な方だからワタシのしているライブにも大きな文句を言ってくることはなかったから親には逆に感謝している部分のほうが大きい。
 「麗花~?朝ごはん冷めちゃうわよ~?」
 あまりゆっくり支度をしていたわけではなかったもののいろいろと考えに耽ってしまっていたためかいつもよりもほんの少しばかり朝ごはんを食べに行く時間が遅くなったことでお母さんが一階にあるリビングから二階にあるワタシの部屋に向かって声を掛けてきてくれた。
 「うん、今行く!だから片付けないでね?」
 最近は朝食を平気で摂らないまま過ごしている学生、食べる時間が無いからと朝食を抜いている学生が増えてきているがワタシはきちんと毎日、朝・昼・晩欠かさずに食べて過ごしている。正直なところ食べなければやっていけないからだ。
 いつだったか、ライブの片付けとライブハウスの人とのおしゃべりや次回のライブについての打ち合わせで帰宅することが大分遅くなってしまうことがあった。そうするととても晩御飯を食べている余裕など無く、お風呂に入るだけで寝入ってしまうことがあったもののその次の日には目覚ましが鳴るよりも早くに空腹で目が覚めてしまうほどワタシは食に飢えている部分もあるかもしれない。
 一応、音楽もやっている身だから食事はきちんと摂らないと!と自分で決め込んでいる部分もある。
 学校の制服に着替えてリビングに顔を出すとまだ冷める気配の無い朝ご飯がテーブルに用意されていた。本日の朝食は和食。基本的な白米と温かなお味噌汁に焼き鮭とふっくらとした卵焼きと少しのお漬物。
 元祖、和食の登場だ。
 「いっただっきまーす!」
 「そう言えば、昨日のライブはどうだったの?お客さんまた増えたんじゃな~い?」
 母親とはたびたびライブの、ワタシの音楽活動の話しで会話を楽しんでいる。ふざけ半分に聞こえるかもしれないけれど、母はワタシのことを誰よりも応援してくれているし、ワタシの一人目のファンだ、と母の口から直接告げられたこともあった。
 父親とは音楽について話す機会はあまり多くはない。
 だけど、少しでもワタシが曲作りに悩んでいて食の進みが悪かったり、顔色が優れないのを目にすると多かれ少なかれ心配してくれているのか声を掛けてくれる。やっぱりこれが親というものなのかもしれない。
 「うん、ライブも盛り上がったよ!新曲も良かったみたい!それでね、お母さん。実は昨日ね、ワタシ…スカウトされたかもしれないの!」
 「スカウト…?」
 「うん!きちんと名刺も貰ったの!いつでも連絡してくれたら事務所に来て良いってメールしてくれたし!これでもっとワタシの曲を聴いてくれる人が増えるかもしれないよ!」
 ワタシは朝から興奮が止まらない。
 母との話しが盛り上がってしまったことにも拍車をかけたのかもしれないけれど、なによりも昨日のことだ。落ち着けというほうが無理があるだろう。
 こじんまりとしたライブハウスで、少人数のお客さんを目の前にして曲を歌うこともとても楽しいことだけれど、だんだんワタシの中で欲というものが生まれてきてしまう。もっと一人でも多くの人に自分の曲を聴いてもらいたい、ワタシを認めてもらいたいという欲求が抑えようとしても膨らんでしまう。
 「…お母さんは、別に反対する気はないけれど…大丈夫なの?スカウトだなんて、怪しい事務所に繋がってるなんてことはないでしょうね…?」
 「あ、怪しい事務所って…考え過ぎだよ~」
 世の中にはアイドルデビューを夢見ている若い女の子に目を付けては声を掛けてくるという人もおり、実際にはちゃんとした事務所など存在せず事務所への手続き金などを奪えるだけ奪ってとんぞらしてしまうという悪徳業者も存在するらしい。
 でも、昨日会った女性からはそんな怪しい雰囲気というものはまったく感じることは無かったし、いつでも来てくれて良いと言ってくれていたからには事務所は存在しているのだろう。
 「う~ん…。まぁ、貴女は小さな頃から悪いモノと良いモノを見極めることは得意だったみたいだし、変なことに巻き込まれるようなことにはならないと思うから大丈夫だとは思うけれど…。何かあったらすぐに相談しなさいよ?お母さんは誰よりも麗花の味方なんだからね?」
 「うん!」
 ここまで母親に応援してくれる女子高校生がいるだろうか。
 普通の学生生活を過ごしているだけの高校生に寛大な親は多いかもしれないけれど、音楽活動というシビアな世界に手を出している女子高校生を熱く応援してくれる親は少ないかもしれない。
 「あ、そろそろ。時間。…ご飯ご馳走様でした!今日も美味しかったよ~!」
 母との会話を進める中で行儀が悪いとは思いつつもパクパクと口と手を動かして朝ご飯を平らげていけば通学鞄を手にしていくと自宅を出て高校生活を送っている学校に向かって行った。
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