社内恋愛症候群~クールな上司と焦れ甘カンケイ~
「あの、衣川課長……」
「いいから、お前はそこでじっとしてろ」
肩越しにチラリと視線を向けて、またまっすぐに前を向いてしまう。
「いや、あの……俺は」
突然現れた男に睨み威嚇された、親切なアルバイトの彼は戸惑い、顔の前で手を振って否定している。
「残念だがこいつは知らない男について行くような、簡単な女じゃない……だから」
「ちょ、ちょっと衣川課長! 誤解です、誤解なんです!」
私が思いきり彼の腕をひっぱると、いぶかしげな顔でやっと私の顔を見てくれた。
「誤解……だと?」
「はい。彼は……さっきまで食事していたタイ料理屋のアルバイトの子で、私の忘れ物を届けてくれただけなんです」
必死で状況の説明をした私の顔を、衣川課長は口をポカンと開けて私を見ている。
ふたりして、アルバイトの彼を見ると頭を掻いて気まずそうに立っていた。
「申し訳ありません」
私と衣川課長が並んで彼に頭をさげてお詫びをすると「あの、気にしないでください」と言う声が返ってきた。
顔をあげると彼がほほえんで「今度はおふたりで店に来てください」と告げると、店の方へと戻って行った。
彼を見送ると、ふたりで顔を見合わせた。
「すまない。……変な誤解をして」
「いえ。もとはと言えば私が忘れ物したのが悪かったんです」
頭を掻く彼の顔は、心なし赤い気がする。そんなはにかんだ顔が見られるなんて思ってなかった私は、少し得した気分になったのだけれど、それは口にしないでおいた。
「行こうか」
彼が私の手を握り歩き始めた。冷たいと感じた手だったけれど、彼のコートのポケットにつないだままの手を入れるとすぐに暖かくなった。