社内恋愛症候群~イジワル同期の甘い素顔~
「どうして衣川さんが……」

「成瀬、お前が今しないといけないことはなんだ?」

低い声で促された成瀬はしぶしぶだったが「すみません」と佐山課長に謝った。

誰も声を発せずにフロアが静まり返る。

ピンっと張り詰めた空気に、いたたまれなくなった。

事態の収集を誰かがしないといけない。それは間違いなく私の役目だ。

ぐっと拳に力を入れて、自分を奮いたたせるように口角をあげた。

「私が色々こだわったせいで、すみませんでした。聖学園の件は若林くんにバトンタッチします」

「滝本?」

「成瀬、私のことで熱くなってる暇なんてあるの? 私、聖学園がダメになったからこれからどんどん巻き返して、成瀬なんかすぐに追い抜くつもりなんだからね!」

「滝本、お前……」

周囲の私に向けられる目が痛々しいものを見るようだ。けれど、こうやってカラ元気でも装っていないと、どうしようもない。

「あっ、若林くん」

「ハイ」

それまで間に挟まれて、ほぼ無言で状況を見ていただけだった彼は急に呼ばれて、体をビクッと震わせた。

「聖学園の引き継ぎだけど、明日からでもいい? 資料はひとつのファイルに全部まとめてあるから、それを渡すね」

「あ、はい。了解です」

笑顔が引きつっているのは自分でもわかっている。けれどその引きつった笑顔のまま私は言葉を続けた。

あとちょっとだけ……あと、ちょっと。涙が出ないように、声が震えないように注意を払いながら私は佐山課長を見た。
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