社内恋愛症候群~イジワル同期の甘い素顔~
「なにしに来たの? 成瀬」

もう一度涙をぬぐってから、振り返った。

「泣いてるのか?」

薄明かりしかない屋上だから気がつかれないと思ったのに、すぐにバレた。けれど私は、無理矢理笑顔を作って笑う。

「なに言ってるの? 私が泣くわけない……」

笑い飛ばそうとした。意地で全部今日のことを笑い飛ばそうとした。けれどできなかった。

私の瞼からぽろりと涙がこぼれた瞬間……気がつけば私は、成瀬の胸の中にいた。

私の背中に回された腕に力がこめられて、痛いほど強く抱きしめられた。

じんじんする。涙が溢れている瞼も、さっき強くこすり過ぎた鼻も……それから心の奥深くも。

「いいから、泣け。誰も見てない。俺も見てない」

背中の手がポンポンと子供をあやすように、私を甘やかした。

そんなことされたら、我慢できないじゃない……。

「ひっ……うっ……うう……」

我慢していた反動なのか、嗚咽を上げて泣いてしまう。どんどんあふれる涙は全部成瀬のスーツのジャケットが吸い込んでいく。

それぐらい強く彼は私を抱きしめてくれていた。

私が泣き続けているあいだ、成瀬はなにも言わずずっと私を抱きしめてくれていた。

それはまるで、外の辛い出来事から私を守ってくれている砦のようで、安心した私の涙はなかなか止まらなかった。

いつもはべらべらしゃべるくせに、なにも言わずにただ私をだきしめてくれている。その腕が心地よくてたまらない。
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