強気な彼から逃げられません



そして。

恐怖、と言われて、ああ、そうか、と私は気付いた。

会った事も話した事もない男の人とこんな状況に置かれて、恐怖を感じてもいいはずなのに、何故か私にはそんな感情はなくて。

それはきっと、タクシーに乗った時に私達以外に二人、乗っていたからだと思うし、その二人の言葉が私の警戒心を少し解いてくれたんだろうけれど。

それ以上に感じたのは、

『この人は、私を傷つけない』

直感で、そう思ったからだ。

「きっと、私が今警察に突き出したら捕まるよ」

ほんの少し軽い口調で、怜さんの顔を見ながらそう言うと、彼は途端に口元を歪めた。

緩められたネクタイを意味なく指先で触りながら、そんな表情を見せる目の前の男は、夜のほの暗い世界の中でも整っていて、妙に艶やかに感じた。

きっと、お酒も入ってるんだろうその表情は色気もあるし目元も潤んでいる。

私を睨むような視線すら湿り気を帯びていて、私を射抜いたまま逃してくれない。

「警察でもどこでも。もしも俺が信用できなくて怖いなら突き出してくれ。 俺がお前の家族ならそうしてるかもしれないしな」

「へえ、わかってるんだ。自分がおかしな事をしてるって。 私が怜さんに連れまわされて怖くて泣き叫んで逃げ出しても、当然なのに」

「ああ、それはわかってる。 好きだってだけで、何もかもが許されるわけじゃないってのも、よくわかってる」

怜さんは、苦しげに言葉を吐き出すと、それでも私を見つめる視線の強さを緩める事はない。

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