ドルチェ セグレート
微笑みかけ、本心だということを伝えると、くるりと方向転換した。
そのまま彼の前を歩き始め、夜空を見上げた。
 
あいにく星は見えない空。
見渡す限り続くその空に、鮮明に記憶している神宮司さんからもらったケーキを思い描く。
 
チョコレートベースのケーキ。口に運ぶ瞬間に、微かに馴染みのある香りがした。
その正体がわからないまま、ひとくちめをゆっくりと舌の上で味わう。
まろやかなチョコレートが、幸せの溜め息を吐かせてしまう。

「あのチョコレートって、ビターじゃなくてミルク系ですよね? それなのに、最後まで甘ったるくなかったんですよね。それって、表面に散らされてたナッツだけじゃなくて、スポンジか何かの味が中和させてたと思うんですけど……」
 
その〝何か〟が、どうしても最後のひとくちまでにわからなかった。
 
本当、僅か数秒だけ感じる香り。
そのため、その正体は絶対に知ってるはずなのに、記憶に辿り着く前に香りが消えて行ってしまった。
 
空を仰いだまま、もう一度記憶を呼び起こすが、どうしても正解に辿り着けない。

「答えは、ほうじ茶」
 
背中越しに声が聞こえて、目を丸くして振り向いた。

「アンサンブルは紅茶(アールグレイ)だったから。だけど、同じ葉っぱ使っても芸がないし、抹茶はあまりにメジャーだし」
「ほうじ茶……そうだったんだ」
 
言われれば、『ああ、確かに』という感想だ。
絶対に知ってる味と香りだった。でも、それを当てられなくてちょっと悔しい。

「その顔は、なに?」
「……いえ。勝てる試合だったのになぁと思いまして」
「んじゃ、俺は二連勝だな。対アントルメと、キミと」
 
いつの間にか後ろを歩いていたはずの神宮司さんが、隣に来ていて驚いた。
左隣を見上げると、フッと口の端を上げた顔が目に映った。
< 69 / 150 >

この作品をシェア

pagetop