めぐり逢えたのに
紳士は、拓也の姿を認めると、立ち上がってにっこりと笑った。
手にしたワインを高らかに掲げた。

「お先に楽しませてもらっているよ。付き合ってもらえるかな。」

拓也を席に着くように促して、彼のグラスにワインを注いだ。
 
「急に呼び出してすまなかったねぇ。稽古は順調に進んでいるかい。」
「はい。」

拓也は短く答えながら、この人はオレのことをどこまで知っているのだろう、と推し量っていた。

「舞台はいつからだ?」
「ええと、来月の三日からになります。」
「じゃあ、今は稽古の真っ最中ってわけだ。忙しいさなかに悪かったね。」
「いえ、僕は戸川社長ほど忙しいわけではありませんからいつでも参上しますよ。」

拓也の答えが気に入ったのか、戸川は陽気に笑った。

「君のことを少し聞かせてもらっていいだろうか。」
「どうぞ。でも、もう僕のことは何でも知ってるんじゃないんですか。」
「どんなに調べたところで、何でも、ってわけにはいかないさ。」



< 95 / 270 >

この作品をシェア

pagetop