キミが欲しい、とキスが言う

「茜さんが本気出して落ちない男なんていないよ」


それは買い被り過ぎだと思うけれど、彼が本気でそう思ってくれてるなら、それはやっぱり嬉しくて。


「じゃあ私に落ちてよ」


そういって、肩に押し付けている彼の方を向いて言ったら、照れたのと困ったのの中間みたいな顔とご対面した。


「最初から落ちてる」

「本当」

「……なんで今外なんだろ」


熱っぽい瞳にとらえられる。そういえば、数少ないとはいえ周りは人も歩いていて、多少なり人の視線は感じるかも。


「今すぐ俺のものにしたいのに」


なのに彼の言葉に、体全体で彼が欲しいと思う。
人目なんかどうでもよくて、ただ彼を抱きしめたい。


「……私もよ」


もう一度キスをしたとき、スマホが音を立てた。
驚いて一気に体を離して、すぐさま着信を確認する。


「……あれ、美咲ちゃん」


彼女なら、よっぽどのことがなければ電話などしてこないだろう。
胸騒ぎがして、着信ボタンを慌てて押した。


「もしもし」

『あ、茜ちゃん。ごめん』

「いいのよ。どうしたの?」

『ゴハン作っている間に、浅黄くん出て行っちゃったの。幸太が止めても聞かなくて』

「えっ?」

『多分、家に帰ったんだと思うけど、茜ちゃん今どこ? まだ戻ってないよね? どうしよう。私連れ戻しにいこうか』

「い、いいわ。私、今からすぐ帰る」

『大丈夫? でももし見つからなかったら』

「その時は電話するから」


私の慌てた様子に、馬場くんが心配そうな視線をよこす。


「浅黄がどうかしたのか?」

「幸太くんちから抜け出したみたい。あの子も……父親の話で不安がっていたから」

「じゃあすぐ帰ろう」


私の腕をつかんで、彼が駈けだした。
裏路地をぬけ、表通りの人込みをくぐり抜け電車に乗り込む。


「浅黄、家の鍵は持ってるんだろ?」

「ううん。今日は一緒に出掛けたから持たせてなかった」

「そうか。だったら家で待ってるわけにもいかないのか。急がないとな」


何度か時計を確認しながら、彼が進行方向を睨みつける。
浅黄はひとりで家に帰ることには慣れてる。そう思っても、胸騒ぎが収まらなかった。
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