キミが欲しい、とキスが言う
「……茜」
両腕を掴まれて、体を離された。そして潤んだ私の瞳を見るなり、今度は彼の方から唇を押し当ててきた。
今までだって、結構すごいキスをされたと思うのにもっとすごい。噛みつくように何度も重なる唇はやがて深みを増し、私から何かを引き出すように舌が唇や歯列をつつく。うめき声とともに小さく開いた唇から入ってくる彼の舌は、私のそれを絡ませ意識さえも飛ばそうとする。何もかも吸い尽くされてしまうような感覚に、彼にしがみついた。
「……っ、はっ」
「やばい、ごめん。マジで嬉しくて」
私の呼吸が上がっているのに気づいて、ようやく離してくれた時には、若干の酸欠状態だ。
酸素を求めて荒い呼吸をする私の背中を撫でながら、「ごめん、我を忘れた」と言い訳する。
「……信じてくれるの?」
「何を?」
「だって私、あなたを利用しようとしたのに」
「ああ、まああの時はショックだったけど」
両腕で私の頭を抱え込む。すっぽり包まれれば暑いけど、嬉しかった。
「でも、少しも脈がなけりゃ俺を選ばないだろうとは思ったし。まあニセでも婚約者の立場をゲットしてのんびり口説こうかと」
「本当は、あの時にはもう好きだったのよ。でもちゃんと言っても伝わらないって諦めてた」
「なんだよ」
力の抜けたような声で、馬場くんは私の肩に顔を埋める。
「長期戦覚悟で頑張ってた俺、バカみたいじゃん」
「私、……もう呆れられたんだと思ってた。婚約者のふりをしてくれるのはただの義理だって」
鎖骨をくすぐるように、くっくっと笑われる。
「茜さんは、ホントに男を信用してないよね」
「そ、そんなことは」
「あるよ。……今までの男が逃げていくのは、茜さんが本気で追いかけないからじゃん」
ぎゅっと強く抱きしめる腕。もう話さないぞと言われているようで、苦しいのに嬉しい。