キミが欲しい、とキスが言う



パタン、と扉がしまり、私は腕の力を緩めた。
浅黄も同じように大きなため息をついて放心している。

浅黄の涙の伝う頬を指先で拭いてあげると、はっとしたように顔をあげた。


「ごめんね、浅黄。あなたのお父さん、追い出しちゃった」


浅黄は静かに首を横に振る。そしてぽそりと、つぶやいた。


「いいよ。僕、お母さんといたいし。……正直、お父さんって言われてもピンとこなかった」

「そうなの?」

「もっと感動したりするのかなって思ってたけど。なんかやっぱり、……知らない人、かな」


罪悪感でも感じているのか、浅黄が申し訳なさそうな顔をする。


「まあ、そうよね。今日初めて会ったんだもんね」

「だから今までと変わらないよ。ね」

「でも、浅黄はお父さんがいたらいいなって思ってたんでしょう?」


昔、幸太くんが言っていたことだ。
私には一言も言わなかったのは、私を気遣ってのことだったのだろう。

でも浅黄はキョトンと私を見上げると小さく首を振る。


「お父さんが欲しいわけじゃなくて。お父さんがいれば、お母さんが夜遅くまで働かなくてもいいのに、と思ってた」


そして私の手を、ぎゅっと握る。


「お父さんがいれば、もっとお母さんが家にいてくれるから、寂しくないのにって。僕はお母さんにもっと一緒にいてほしかっただけ」


照れくさそうに話す浅黄を、もう一度抱きしめた。
どうして浅黄のこんな気持ちをずっと分かってあげられなかったんだろう。
この子には、本当に私しかいなかったんだ。


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