キミが欲しい、とキスが言う
「包丁とってくるから、これ台所持ってっといて」
「ああ、……うん」
「すぐ戻るから」
まあ、隣だものね。
子供たちに手洗いをうがいをさせている間に、馬場くんはすぐ戻ってきて、キッチンに立った。
すぐさま飛びつこうとする幸太くんを、引き留める。
「幸太くん、お母さん、ここにきてること知ってる?」
「ううん」
「じゃあ、連絡しておくわね」
公園で遊んでいたと思ったのに、姿が見えなくなれば心配するだろう。
私は幸太ママに、今家にいることと後で送っていく旨を伝えるメールを送った。
その間に、馬場くんの方は、細身の刺身包丁を砥ぎなおしていた。ご丁寧に砥ぎ石まで持ってきたみたいだ。
「茜さん、出刃はある?」
「シンクの下、開けてみてよ」
「ここ? お、あった」
「馬場ちゃん、早く! 魚、見たい!」
幸太くんは興奮気味で寄っていくけど、馬場くんは腕をしっかり伸ばして、止まるよう手で指示をする。
「包丁使ってるんだから、離れて見てろ」
「分かった! ここでいい?」
幸太くんは興味深々だ。一生懸命背伸びをして、馬場くんの手元を覗き込もうとしている。
「椅子に上って見たら?」
「うん。ありがと、おばちゃん」
「どういたしまして。浅黄はどうする?」
「うん。見る」
うろこを取って、頭を落とし、内臓を取って三枚に下す。
さすがは板前さん、手際よく作業していて、見る見るうちにお魚が小分けにされていく。