イヌオトコ@猫少女(仮)
にやにやしながらさらに踏みつけ、
笑結を挟んで中年男が斜め掛したショルダーバッグの肩紐に腕を絡ませる。


「いててて!!なに、すんだよ!?」

あまりの痛みに顔をしかめ声も出ない様子だ。

やがて止まったバス停で男を押し出し、笑結の腕も掴む。


「えっ?えっ??何ですか!?放して!」


何が起きているのかわからない笑結は驚き慌てて腕を振りほどこうとした。

が、傘男は構わずに、


「運転手さん、盗撮犯、確保。ここで降りるから、営業所と

近くの交番に連絡頼んます」


「えっ?」


突然のことに、まだ若い運転士もきょとんとする。


「せやから、こいつ、盗撮犯です。連絡頼んます」


運賃箱に代金を入れると、


「ほれ、あんたも、定期あんねやろ?」


「は、はあ…」


訳もわからず制服のポケットから出した定期を見せる。


「こいつ、連れて降りますんで、よろしく。

他のお客さんに迷惑掛けられへんので」


「あ、ああ、はい…」


ようやく我に返った運転士が、乗客の降りたのを見計らって

無線で連絡を取る。


「さあてと、どうしてくれようかね」


中年男を後ろ手にして地面に座らせ、ようやく動けるようになり、
うーんと伸びをする傘男。


「なんで、わかった」


ふて腐れる中年男。


「あほか。不自然やねん体勢が。あんなやり方誰でも気付くわ」


「あんなやり方って…?」


「は?気付いてなかったんか?これ!」


地面に座らせた中年男の靴を嫌そうにひっぺがすと、


五本指靴下の指の間から小型カメラが出てきた。


ちょうど笑結が見た靴の穴の辺りだ。細いコードがジャージの中に繋がっていた。


「で、ここ」


さらにショルダーバッグの外ポケットに本体があった。


「そらあ、靴下とはいえ、カメラごと踏まれたら痛いわな」


勝ち誇ったように、にやにやしながら。分かっていてわざとやったのだ。


犯罪者相手とはいえ、やり方がえげつない。あきれて言葉もない笑結。


関わられたことに後悔し始めていた。


「あれ?先輩?えっと、鳶川くんまで。どうしたんですか?」


一緒に降りてきた蓮谷と1年の鳶川巡(トビカワ メグル)に気付き、不思議そうに声を掛ける。

二人とも吹奏楽部だ。


「あ、いや、なんとなく」


「ぼ、僕は、センパイが心配だったから…」


鳶川の頬が心なしか赤いのは、寒いからだけではないようだ。


「えっと、キミ、誰だっけ」


色白で線の細い小柄な鳶川が笑結を見掛けたのは、入学式の時だった。

音楽室の窓から部活中練習する姿を見かけ、密かに好意を持った。

そして迷うことなく吹奏楽部に入部した。

ただ、とにかく存在感が薄かった。
名前をきちんと覚えているのは笑結くらいだろう。


そして蓮谷は鳶川が降りた流れで興味本意で降りてしまった。


「おいおい、なんや!男連れかい助けて損したわ!

なんで助けたらへんねん!!」


ちっ、と舌打ちする傘男。親しいと思われても蓮谷に失礼だと笑結は、


「連れっていうか、ただの学校の先輩で」


「知らんがな」


「…あのう、関西の方、ですか?」

恐る恐る声を掛ける。


この男も充分野蛮そうだが、まさか一見頼りなさそうに見えた


この男に盗撮犯から助けられるとは。


「はあ、そうや。初日から遅刻やんけ。どうすんねんこれ」


面倒臭そうに腕時計をちらりと見ると、


「こんな毛糸のパンツ履いたチビ撮ってなにが嬉しいねんお前も」

「えっ、毛糸のパンツ…」


言われた中年男が残念そうに。
鳶川は無言でさらに赤くなり、

蓮谷は思わず吹き出しかけたのを抑える。


きょとんとする笑結。


「あ~~っ!!さっき見たわね!?」


真っ赤になると指をさし、鞄を持った手で慌てて隠すがもう遅い。

寝るときだけ、お尻に猫の顔がアップで編み込まれた毛糸のパンツを履いていた。


今日に限って履き替えるのを忘れていたのだ。


しかもそれをこんな場で晒されるとは。


「指をさすな指を!見たんやない!見えたんや!朝から

見たくもないもん見てもうたわ!!」


さされた手をはたく。

見られた上にバラされ、横柄に開き直られ馬鹿にされ、頭に血が上った笑結は、


「何ならあんたも同罪でしょう!
痴漢!あ~あ、さっきお礼言って損した!返してよ!」


ふん!とそっぽを向く。


「はあ!?いやいや!!盗撮犯、捕まえたったんやで?それはそれでしょうが!

なんちゅうガキや!腹立つわ~」

「ガキじゃないから撮られたんでしょう?」


あかんべーする笑結。


「毛糸のパンツって知ってたら撮らなかった…」


中年男がぼそっと。傘男も、

「な。」

「し、失礼ね!!」

「す、すいません!ごめんなさい」

矛先が向いた男が小さくなる。
もう、何に怒っているのか分からなくなる。


「こんな嫌な奴に助けられるとは思わなかったけど」


偶然の奇跡でもできることなら蓮谷に一番助けてほしかった。


あの人混みではもはやどこにいたのかもわからない。


「なんやと?こら」

「なによ!痴漢!」


眉間にシワを寄せ睨み合う。


「あ、あのう…」


もはや茅の外の鳶川に恐る恐る声を掛けられ、


「なに!?」

と二人。


「しょ、初対面、ですよね?お知り合いとか…」


「そんなわけないでしょう!」


また声が揃う。


普段学校では、クラスメイトの仲のいい女子としか

話しているのを見たことがない笑結が、知らない男と喧嘩腰で言い合っている。


羨ましそうに眺める鳶川。自分にもそんな勇気がほしかった。


「その男ですか」


そうするうちに連絡を受けた最寄りの交番から警官が来て

中年男を連れていく。


「そこの交番まで一緒に来て、状況を説明していただけますか」


「えっ?この人と?」


傘男をちらりと見る。


「当たり前やろ。あんたが行かんで、どうすんねん」

「いや、そうじゃなくて…」

「兄ちゃんらも行くか」


もうすでにあまり関係がなくなった蓮谷は興味なさそうに

スマホをいじり始めていた。


「あ、じゃあ、僕はもう学校に。僕からも先生に連絡しておくよ。

鳥川くんも行くでしょう?桜水さん、携帯ある?」


「とびかわ、です…」


訂正する声も虫が鳴くようで届かない。


「あ、ありすけど、もう行っちゃうんですか?」


笑結が残念そうに。


「僕は…」


残りましょうか、と言い掛けるが蓮谷に遮られ、


「ごめんね?また学校で。行こう、鳥川くん」


「と、とびかわ、です…」


爽やかに手を振ると、鳶川を促しちょうど来たバスに乗り込む。


「薄情な奴らやな、俺が残ったるから心配すんな」


「偉そうに!先輩は受験やなんかでいろいろ大変なんです!

これ以上迷惑掛けられません!鳶川くんも気にしないで行っていいよ」


「ほほーう?初対面の俺には迷惑掛けてええんやな?」


「そうですね、あなたこそ仕事に行った方がいいんじゃないんですか?

どうせもう遅刻でしょうけど」


あっと思い出し携帯を取り出す。

「おお、そうや、俺も学校に連絡しとかな」


「学校??」

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