ピュア・ラブ
夢が実現したんだ。
前に話してくれたことを思い出した。先輩と話が通ったのだろう。これでは病院に行っても橘君はいない。
私のもやもやもとけて、良かった。沢山の動物を見て、立派な獣医さんになってくれることだろう。
このはがきを読むと、私に何か違った感情が現れた。
いつまでも自分の育った境遇に嘆いていていいのだろうか。生きていくことは並大抵のことじゃない。橘君はしっかりと将来を見据え頑張っているのに、私はどうだろう。
いつでもこんな人生、終わっていい。と思っていたけど、そうじゃないような気がする。
確かに私は普通の家庭環境で育っていない。でも、大人になり、自分でなんでも判断できる今、もっと何か出来るのではないだろうか。
そうは思っても、なかなかその一歩を踏み出せないでいた。
月はどんどん過ぎ、毎月送られてくる橘君のはがきを、私は待つようになっていた。

『君ともこんな風に向き合っていればと、後悔している』
『高校一年の時、何も語らない、物静かな君が気になった』
『運動は少し苦手なようだったけれど、超天才少女だった』

「超天才じゃないってば」

毎月送られてくるはがきには、一行で終る文章が綴られていた。
勉強しかとり得がなく、家出も居場所は机の所だけだったから、勉強をしていただけだ。決して、好きなわけじゃない。
でも橘君にはそう見えたのだろう。運動は確かに苦手だった。部活も入っていなかった。体育は一番嫌いな授業だった。
成績はこの体育が足を引っ張っていた。

『一緒に行けると楽しみにしていた遠足。だけど、君は来なかった』

「くだらないことに金を使うもんだな、学校は」
「そうよねえ」
碌でもない両親の言葉が蘇った。小学校の時、お知らせのプリントを渡した時に言われた言葉だ。だから、高校の遠足には参加しなかった。
このはがきが届いたときは、モモを拾った暑い夏になっていた。
初めて海に来た時、「来年の夏、一緒に泳ごう」と言っていた季節だ。でも橘君はいない。
相変わらず暑さに弱い私は、モモとクーラーにあたりながら、グッタリとした時間を過ごした。
何か始めなくてはと思いつつ、時間だけが無情に過ぎる。
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