ピュア・ラブ
内面を読むのが得意な橘君はきっと、観察力があるのだろう。だから、私が考えていることが分かってしまうのかもしれない。
爪のことを言われ、手を見られていたのだとわかり、手を隠してしまう。

「ごめん、ごめん。じっと見ていたわけじゃないよ」

身体もなんとか持ち直してきた。
随分と長くいてしまった。早く帰らないと他の家族が帰って来てしまうだろう。
首筋にあてていた保冷剤を外すと、テーブルの上に置いた。

「ありがとうございました」
「もうお昼の時間だね。お昼ご飯は? 一緒に食べる?」

何を言い出しているのだろう。私は他人と食事をしたことがない。一緒に食べるのは拷問だ。
もっと訳が分からなくなるまえに帰ることにしなければ。
そもそもよそのお宅にお邪魔したことがない。無邪気な子供時代は友達がいなかった。周りはお誕生会、クリスマス会など楽しげ様子が羨ましかった。
じっと見てはいけないと思いつつ、つい、周りを見てしまうと、きちんと整理された場所は、家族が暮らす温かみが伝わってきた。
彼の誘いにも返事はせず、椅子から立ち上って頭を下げた。
身体を労わってくれた彼に対し、なんと薄情な女なのだろう。

「週末にモモちゃんの退院にしよう。モモちゃんをいれるカゴを用意してね。それと、黒川は仕事をしているからモモちゃんが独りでいることになる。まだあんなに小さいし、怪我も完治していないから、ゲージを用意して、仕事に行くときにはそこに入れて行ったらいい。単独で家の中を歩いてしまって、思わぬトラブルにあうってことも少なくないからね」
「はい」

そうか、ゲージも頭にはあったが、閉じ込めるのが可哀想だと思っていた。でも橘君のいうことが正解だ。
ずっと眠っているだろうし、仕事に行っている間もゲージにいれば安心できる。
私は、もう一度頭を下げると、玄関に向かって歩き出す。
背後には、橘君が付いて来ているのがわかった。
玄関では脱ぎ捨ててしまった靴が乱雑になっていて、恥ずかしかった。
屈んで靴を揃え、履く。
玄関のドアを開けたらまた暑いところを帰らなくてはいけない。
普段は買わないが、アイスでも買って帰ろう。

「おじゃましました」

私は、そう言って深くお辞儀をすると、玄関のドアを開けた。

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