ピュア・ラブ
「どれどれ」

橘君は、モモの様子を、身体を触って確かめ、体重計にもなっている診察台でモモの体重を計った。

「お、いいね。順調に体重が増えてる。じゃあ、このまま預かるよ。手術はお昼。明日のお昼頃に迎えに来て」

なんだか、淡々と、いや、軽々しい口調で簡単にいう。私にとっても、モモにとっても手術となると大事なのだ。人間だって、子宮を取るという事は、並大抵のことではない。意志を伝えられないモモは、もしかしたら、拒否したいのかもしれない。それを、私は、自分の意志で勝手に避妊手術をするのだ。モモには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
産まれて、まだ4か月も経っていない赤ちゃんなのに、大変な思いをするのだ。
私は、橘君の口調で、連れて帰りたい気分になってしまった。

「ごめん、事務的に話しちゃって。獣医になってもう何匹もこうした手術をしてきたから、感覚がマヒしちゃったのかも。いや、俺は、大事な思いやりを言葉に乗っけてなかったんだ。ごめん黒川」

感情を顔に出してはいけない。そう思っていたのに、つい出てしまったのかもしれない。
これからお願いするのに、申し訳なかった。
そう感じて、私は、首を振った。
暫く、モモを挟んで沈黙が続いた。

「黒川、凄いひっかき傷だな、ちょっと待ってろ」

橘君は、私の手の甲を指でさして、診察室を出て行った。
すると、何かステンレス製のバットを持ってきた。
カチャっと冷たい金属の音がした。
向い合せに座っていたが、橘君は私の隣に椅子を移動して、座った。
そして、私の手を持つと、ピンセットでコットンを挟んだ。

「ちょっと沁みるかも」

モモの爪を切ることが出来ずにいた。まだ、透明で、柔らかなモモの爪。肉球をつまみ何度も挑戦したが、切ることが出来なかった。
モモとじゃれて遊び、噛まれたり、ひっかかれたりして手には傷が絶えなかった。
橘君は、傷に消毒をしてくれた。
少し、消毒薬が渇くと、軟膏だろうか、それも塗ってくれた。

「ありがとう」
「爪が切れない?」

診察台に大人しくして、丸くなっているモモを撫でながら言った。

「切り方を教えてあげる」

そう言って、橘君は、診察台にあった、ペンチのような形の爪切りを手に取った。

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