ピュア・ラブ
「えっと、何処に置いたかしら」

持ってはいるが、携帯とは無縁の生活をしてきたので、いつでも探してしまう。
橘君がメールをくれていても、気が付くのがいつも遅くなる。

「ああ、切れちゃう……あった」

音のする方へ行くと、何のことはない。買い物用のトートバッグの底に入っていた。
慌てて通話ボタンを押すと、橘君だった。

「もしもし」
『俺、メールしたんだけど?』
「え? あ、ごめんなさい。気が付かなくて」

やっぱりメールをしてくれていたのだ。

『明日ね、何時に待ち合わせする?』
「何時でもいいです」
『じゃあ、めちゃくちゃ混んでるけど、朝に行こうよ。う~ん、8時、いや、9時、10時……』

朝と言っておきながら、時間がどんどんずれて行く。きっと橘君は朝が苦手なのだろう。
私は、何時でもよかったけれど、どうしたらいいのだろう。

「朝がいいなら、起こしてあげるわ」
『え!?』

携帯を耳から離す程、大きな声が聞こえた。
びっくりした。言ってはいけないことを言ってしまったのではないだろうか。

「あ、一人で起きられるわよね? ごめんなさい、催促しちゃったみたいで」
『違う! 違う! 起こして! 起こして下さい!!』
「うん、分かった。何時?」
『えっと……7時、いや、8時、9時……あ~もう!』

それも大変なのか。おかしくて、私は、聞こえないように口を押えて笑った。

『笑ってるだろ……8時でお願いします』
「分かったわ」
『橋の所で待ってるから』
「うん」

そう言ってから、ずっと黙っていた。橘君は電話を切らないのだろうか。
私から切ればいいのか、いったいどうすればいいのだろう。
困った、最後に「じゃあ、明日」と言ってないから、会話の終わりがなかったのかもしれない。
どうやら、私がいけなかったようだ。沈黙を終わらせるべく、私は、そのことを言おうとした時、橘君の声が聞こえた。

『会いたい』
「え? あ、うん。どこに行けばいい?」
『アパートに行くから家にいて? 絶対に外に出るなよ?』
「分かりました」
『今から出るから』
「はい」

そう言って電話は切れた。
会いたいと言う意味がわからない。私が仕事に行っていてモモに早く会いたいと思う気持ちと一緒なのか。
欠陥だらけの私には、理解が出来ないが、会いたいと言われたので、会う事にする。
私は、電話を切ると、急いで、散らかったテーブルの上を片付けた。
橘君の家と、私のアパートは近い。今から出ると言っていると、もう来てしまう。
モモもせわしなく動く私を見て、走りまわる。

「モモも忙しくなったの?」

モモは大興奮で運動会状態だ。
ばたばたと歩く私は、モモを何度か蹴ってしまい、尻尾も踏んだ。

「ごめん、モモ」

台所で、水を飲むと、家のチャイムが鳴った。
すぐにドアを開けると、橘君が前と一緒のダウンジャケットとマフラーを巻いて立っていた。
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