ピュア・ラブ
外に出ると、家族連れやお年寄りの夫婦が歩いていた。
去年の破魔矢だろうか、手に持って歩いている。
吐く息が白く、足元がとても寒い。
ブーツの中にカイロを入れてきたが、足の冷たさの前に効いているのかさえわからない。
人混みを歩く為に、財布とハンカチ、ティッシュが入ればもう何も入らないくらいの小さなショルダーをかけている。
こういう所は、子供のころから用意周到なのだ。誰も教えてはくれず、自分で学んだ。先回りして親がやってくれたことは一度もない。だから、自分で体験して考えるしかなかった。
待ち合わせの橋が近づくと、更に人は多くなっていた。
駅前の大通りは、神社へ向かう人で大賑わいだ。ここは、この辺りでは大きな神社らしく、電車や車で詣でる人も多い。
毎年、初詣には参拝しているが、元日に行ったことはない。
橋のたもとに着き、人ごみを見てもまだ橘君は来ていない。それも当然だ、まだ約束の時間の10分も前なのだ、居るはずがない。
夏祭りと、こういう初詣の時には、ガラの悪い人達が集まる物だ。ここも例外ではなく、何グループかそう言った輪が出来ていた。中には派手な着物を着ている若者もいて、それはそれで、恰好が良かった。
着付けでも独学して着物を着てみようと、着物を着て歩く女性をみてそう思う。
行き交う人を見て橘君を待っていると、後ろから声をかけられた。
橘君だと思って、振り向くと、全く知らない男の人が二人立っていた。
「お姉さん、めっちゃ綺麗だけど、ここで何してんの? 一緒に初詣に行かない?」
「あの、結構です」
此処で待ち合わせをしている。離れたいけれど、私がこの場所にいなかったら彼はどう思うだろう。
男の二人組を交わしながら、少しずつ前に進む。それでも後を付いて来て、しきりに話しかけた。
こうして声をかけられるのは、一度や二度じゃない。私は、母親のように知らず知らずのうちに男を誘っているのだろうか。
「ねえ、ねえ、モデルとかしてんの?」
「ちょっと……」
そう声をかけた男が、私の前に回りこみ、通せんぼをする。
左に行こうが、右に行こうが、前をふさがれどうにもならない。
「俺の彼女になんか用?」
その時、私の肩を掴み、胸に引き寄せられた。橘君だ。
男たちは、男連れかよといい、すぐにそこからいなくなった。
「平気? 何ともない?」
「大丈夫」
私の顔を覗きこむようにして、心配そうな声でそう聞いた。
橘君は、橋の端に寄った。
「黒川、これから俺と待ち合わせをするときは、待ち合わせの時間よりも10分は遅れて来て。いい? わかった?」
私は、その意味がわからなかったが、きっと心配してのことだろうと素直に頷いた。
「変な意味とかじゃなくてさ、黒川っていつもああやって声をかけられちゃうの?」
私は、黙って頷いた。
軽そうな女だと見られてしまったのかもしれない。
でも、そうじゃない。いつだってガードを固くしているはずだ、軽いわけがない。
「俺、一人にさせておくのマジで心配」
そういいながら、橘君は私の背中をそっと押した。
その合図で止まっていた橋を神社方向に歩き出す。
「黒川ってさ、高校の時もそうだったけど、男連中は声をかけたくてしょうがなかったんだぜ。いつもきれいな佇まいで本を読んでいてさ、廊下を移動するときだって、ほかの女子みたいに大股で歩いたり、変に内股で歩いたりしないで、綺麗だった」
私は、黒子だったはず。気配を消し、いるかいないかの存在になる。それが全てだったはずだ。
「今でもそうだけど、バリアを作って人を近寄らせない雰囲気があったけど、それが逆効果で、気になって仕方がない存在だったんだよ。男子は、綺麗な女の子としてみて、女子は、あそこまで他人と関わらない黒川が気になって、どこか悪い所を見つけたくなる。まあ、それが女子の特徴だけどね。黒川は注目の的だった」
初めて聞く私の存在。皆の輪に入らない私は、逆に注目を浴びてしまっていたようだった。女子はつるむ生き物だ。クラスでの私は、異質だったに違いない。
黙って人と関わらなければいいと思っていたが、違ったようだ。でも、卒業してしまったこと、関係はない。
「普段は何をしているのか、家は何処なのか。家でも勉強をしているのか、好きなタレントは誰なのか。気になることは尽きなかった。ミステリアスってやつだよ。クラスが団結する文化祭でも黒川は、清掃係りとかなって、クラスの中にいなかったし、打ち上げも当然いなかった。卒業式の謝恩会もいなかった。俺はチャンスが全部なくなっちゃって、へこんだよ」
橘君が何故落ち込むのか、よくわからない。
彼が、高校時代を思い出して話してくれていても、私の頭の中は、モヤがかかっているように、何も思い出がない。
高校生活では、先生が中心だったように思う。特殊な性格の私に、無理にクラスに溶け込むように仕向けることもなかったが、常に気に掛けてくれていた。高校はおろか、大学まで進学できるとは思ってもみなかったのに、力を尽くしてくれ感謝している。
文化祭の想い出は、そうだ、次から次へ増えるゴミが大変だったことだ。
クラスに1人ずつ清掃係りを出す様にと実行委員から言われていた。だから私は、先生に言って、その係りを立候補した。
「うちのクラスはメイド喫茶だったじゃん? おれ、黒川のメイド姿が見たかった」
「え?」
「男ってエロいからさ」
そう言って、橘君は大きな口を開けて笑った。
去年の破魔矢だろうか、手に持って歩いている。
吐く息が白く、足元がとても寒い。
ブーツの中にカイロを入れてきたが、足の冷たさの前に効いているのかさえわからない。
人混みを歩く為に、財布とハンカチ、ティッシュが入ればもう何も入らないくらいの小さなショルダーをかけている。
こういう所は、子供のころから用意周到なのだ。誰も教えてはくれず、自分で学んだ。先回りして親がやってくれたことは一度もない。だから、自分で体験して考えるしかなかった。
待ち合わせの橋が近づくと、更に人は多くなっていた。
駅前の大通りは、神社へ向かう人で大賑わいだ。ここは、この辺りでは大きな神社らしく、電車や車で詣でる人も多い。
毎年、初詣には参拝しているが、元日に行ったことはない。
橋のたもとに着き、人ごみを見てもまだ橘君は来ていない。それも当然だ、まだ約束の時間の10分も前なのだ、居るはずがない。
夏祭りと、こういう初詣の時には、ガラの悪い人達が集まる物だ。ここも例外ではなく、何グループかそう言った輪が出来ていた。中には派手な着物を着ている若者もいて、それはそれで、恰好が良かった。
着付けでも独学して着物を着てみようと、着物を着て歩く女性をみてそう思う。
行き交う人を見て橘君を待っていると、後ろから声をかけられた。
橘君だと思って、振り向くと、全く知らない男の人が二人立っていた。
「お姉さん、めっちゃ綺麗だけど、ここで何してんの? 一緒に初詣に行かない?」
「あの、結構です」
此処で待ち合わせをしている。離れたいけれど、私がこの場所にいなかったら彼はどう思うだろう。
男の二人組を交わしながら、少しずつ前に進む。それでも後を付いて来て、しきりに話しかけた。
こうして声をかけられるのは、一度や二度じゃない。私は、母親のように知らず知らずのうちに男を誘っているのだろうか。
「ねえ、ねえ、モデルとかしてんの?」
「ちょっと……」
そう声をかけた男が、私の前に回りこみ、通せんぼをする。
左に行こうが、右に行こうが、前をふさがれどうにもならない。
「俺の彼女になんか用?」
その時、私の肩を掴み、胸に引き寄せられた。橘君だ。
男たちは、男連れかよといい、すぐにそこからいなくなった。
「平気? 何ともない?」
「大丈夫」
私の顔を覗きこむようにして、心配そうな声でそう聞いた。
橘君は、橋の端に寄った。
「黒川、これから俺と待ち合わせをするときは、待ち合わせの時間よりも10分は遅れて来て。いい? わかった?」
私は、その意味がわからなかったが、きっと心配してのことだろうと素直に頷いた。
「変な意味とかじゃなくてさ、黒川っていつもああやって声をかけられちゃうの?」
私は、黙って頷いた。
軽そうな女だと見られてしまったのかもしれない。
でも、そうじゃない。いつだってガードを固くしているはずだ、軽いわけがない。
「俺、一人にさせておくのマジで心配」
そういいながら、橘君は私の背中をそっと押した。
その合図で止まっていた橋を神社方向に歩き出す。
「黒川ってさ、高校の時もそうだったけど、男連中は声をかけたくてしょうがなかったんだぜ。いつもきれいな佇まいで本を読んでいてさ、廊下を移動するときだって、ほかの女子みたいに大股で歩いたり、変に内股で歩いたりしないで、綺麗だった」
私は、黒子だったはず。気配を消し、いるかいないかの存在になる。それが全てだったはずだ。
「今でもそうだけど、バリアを作って人を近寄らせない雰囲気があったけど、それが逆効果で、気になって仕方がない存在だったんだよ。男子は、綺麗な女の子としてみて、女子は、あそこまで他人と関わらない黒川が気になって、どこか悪い所を見つけたくなる。まあ、それが女子の特徴だけどね。黒川は注目の的だった」
初めて聞く私の存在。皆の輪に入らない私は、逆に注目を浴びてしまっていたようだった。女子はつるむ生き物だ。クラスでの私は、異質だったに違いない。
黙って人と関わらなければいいと思っていたが、違ったようだ。でも、卒業してしまったこと、関係はない。
「普段は何をしているのか、家は何処なのか。家でも勉強をしているのか、好きなタレントは誰なのか。気になることは尽きなかった。ミステリアスってやつだよ。クラスが団結する文化祭でも黒川は、清掃係りとかなって、クラスの中にいなかったし、打ち上げも当然いなかった。卒業式の謝恩会もいなかった。俺はチャンスが全部なくなっちゃって、へこんだよ」
橘君が何故落ち込むのか、よくわからない。
彼が、高校時代を思い出して話してくれていても、私の頭の中は、モヤがかかっているように、何も思い出がない。
高校生活では、先生が中心だったように思う。特殊な性格の私に、無理にクラスに溶け込むように仕向けることもなかったが、常に気に掛けてくれていた。高校はおろか、大学まで進学できるとは思ってもみなかったのに、力を尽くしてくれ感謝している。
文化祭の想い出は、そうだ、次から次へ増えるゴミが大変だったことだ。
クラスに1人ずつ清掃係りを出す様にと実行委員から言われていた。だから私は、先生に言って、その係りを立候補した。
「うちのクラスはメイド喫茶だったじゃん? おれ、黒川のメイド姿が見たかった」
「え?」
「男ってエロいからさ」
そう言って、橘君は大きな口を開けて笑った。