わたしの朝
重なり
空はどこまでも青かったのを覚えている。
だいぶ、傷は消えてきた。
ケロイド状になったものや、シミのようになってしまったものを除けば、もうほとんど、手首は完治に近かった。
その代わり、腕には小さな点々つまり注射針の後が増えていった。
紛れもなく、生きていくために。
「ねぇ、抱いて?」
ある日、その夜のことだった。
「でも、愛、体調は…?」
と彼が心配そうに尋ねる。
「ううん、平気。それにほら、やっと2人が20歳を越えて、病院からも許可が下りて旅行に来れたんだもの。」
山は静かだ。
指が一本一本、絡み合うように手を握る。
彼の手がゆっくり私を脱がす。
「愛…」
私の名前を呼んだだけなのに、その言葉にはあまりにも色んな複雑な意味が込められていた。
あれだけ痩せない痩せないと言っていた私が10キロも痩せたのだから無理はない。
彼の手は優しい波のように私の身体をなぞってゆく。
「綺麗だよ、綺麗だ」
またこの言葉に救われる。
舌と舌が絡み合う。
私たちは夢中でキスをした。
耳、首筋、胸、お腹、太もも…。
徐々に彼の顔は私の身体の下に向かって舐められてゆく。
「ん…っ…」
彼が私の様子に気付き、少し意地悪めかして言う。
「Hだなぁ、愛は。いいんだよ、声、我慢しなくて。」
そんなこと言われては、我慢できない。
私は耐えきれず喘ぐ。
途中で、呼吸が苦しくなる。
「休憩しようか」
彼が囁く。
これほど情けなく申し訳ないものはない。
「ねぇ、もう大丈夫。入れて?」
彼は黙ってうなずき、準備する。
「あ、ねぇ、あの…真広?私、赤ちゃんが欲しい。あなたとの赤ちゃんが欲しいの。そのまま、入れて?」
私が妊娠できないことも、妊娠してもうまくお腹で育たないことも、万が一ちゃんと育っても産むときには自分の命と引き換えだということも、全部わかっていた。
でも彼は何かを決意したかのように一瞬鋭い目をして、そのあとすぐいつもの彼に戻り、至って冷静に言った。
「うん、作ろう。俺たちの赤ちゃん。」
2人が1つになる。
今、私たち1つだね。
彼の匂いがする。
幸せだった。
彼の動きが、だんだん早く激しくなる。
「あ…」
私は彼を止めた。
「やっぱりゴムつけよう?ごめんね、私から言ったのに。」
赤ちゃん…。
私の中に宿っても、きっと死んでしまう。
もし生きられても、私がいなくなってしまう。
そしたらとてつもなく、無責任な母親だ。
私が望んではいけないことのように思えた。
泣きそうになる。
彼は私の髪をとくように撫でながら、何度も私の名前を呼び、そしてとてもソフトなHをした。
お互いの吐息だけが部屋にこもる。
この行為自体が負担にもなり自分の命を短くしかねないこともわかっていたけれど、彼とこうしていられることが、気持ちよかった。
しばらくすると彼は私を抱いたまま、スースーと寝息をたて始めた。
彼の腕の中で、赤ちゃんの顔や名前を想像したり考えたりしたけれど、今淋しくないのは彼のお陰という他なくて、私もいつの間にか眠りについた。
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