恋のお試し期間



「……」
「……」
「……」
「……」

背後にある気配。感じる視線。重なる靴音。

完璧にダメな危ないパターンじゃないか?これは。
どうしよう振り返るべきか。気づかないフリして逃げ切るべきか。

里真は携帯を握り締めたまま緊張していた。
振り返って不審者の類だったら悲鳴あげて逃げるしかないし
関係ない通行人だったら自信過剰すぎて恥かしい。
同じ町内だし知り合いもいるけれどそれなら普通は話しかけてくるはず。

怖い。どうしよう、夜道のひとり歩きなんてこれが初めてじゃないのに。

やっぱり弟が来るまで店の前で待つべきだったか。

「……」

ここはヤラれる前にやるか?里真は足早に先へ進み
何時でもカバンを投げつけられるように構える。

「いきなりカバンで殴りかかるとかやめろよ」
「矢田さん!?」

遠い声に振り返るとだいぶ後ろを歩いている矢田。もしかして今まで会社?

「そうだよ。不審者じゃないんだ。こっちは疲れてんだ普通に歩け」

なんだ。違ったんだ。

里真を先頭にして一定の距離を保ち歩く2人。そこから会話はなく気まずい空気だが
後ろに彼が居ると思うと夜道もそこまで怖くない。もう少し歩けば弟とも合流できるだろうし。

「…あの。私は別にいいけど、もう彼の事、悪く言うのはやめてくださいね」

心に安心感が生まれて、それと同時にちゃんと言っておこうと思った。
自分への意地悪はべつにいい、でも佐伯は関係ないのだから。

「信じてんなら態々俺にそんな事言う必要ないだろ。そんな反応するって事は
お前もどっかそんな風に思ってんじゃないのか」

矢田の言葉に何故か心がチクリ。

「思ってないです。慶吾さんの事知らないのによく言えますね」
「……、知らないわけじゃない」
「そうなんですか?」
「……まあな」

美穂子を交え店で食事したときは何も言わなかったのに。
佐伯も知り合いのようなそぶりは無かった。会話もない。後も言わなかった。
それがどういう関係なのかは言わない。矢田にしては歯切れの悪い返事。

「にしたって人を悪く言うのはどうかと思います。大人気ないっていうか」
「大人げないのは俺だけじゃない」
「え?まあ、私も結構子ども扱いされますけどね」
「ああ。お前は主に頭がな」
「あ、頭って…うう、言い返せない」

どうせ私は馬鹿ですよ。

里真はやけになって矢田に言うと彼は笑っているようだった。
何時もこうだ。どんな反論をしたって結局は笑われて馬鹿にされてしまう。
同期なのに、
でも彼は営業で成績も評判もいいからトントン拍子に上に上がるのだろう。
彼女は美人だし性格もいいし。……あれ、何か悔しくなってきた。

「姉貴」
「裕樹」

自分の駄目さにいじけてきた所に丁度こちらに向かってくる弟。
少し3人で歩いたら矢田は角を曲がって去っていった。挨拶もなしに。

「……さっきの人」
「それより。私ジムに通うと思ってるんだけどさ」
「は?金の無駄だろ」
「何でよ」
「すぐやめるに決まってる」
「やめないって。レオタードみつけたし」
「……きもい」
「どういう意味」

会話しながらだとあっという間に家につく。お風呂に入ったら後は
部屋で彼からの電話を待つだけ。充電をしっかりしておいて。
何時かかってくるかワクワクしながら。自分からはかけられない臆病者。



『もう寝るところだった?ごめんね何時もより少し遅くなって』
「大丈夫です」
『何事もなく家についたみたいだね』
「当たり前ですよ。ちょっとですもん」
『よかった』
「そんな頼りないですか?」
『そういう問題じゃなくて、夜道を女性が1人で歩いて帰るなんて危険なんだよ』
「はい」
『良いお返事です。…じゃあ、あまり長話するのも良くないし今日はこの辺で』
「おやすみなさい。慶吾さん」
『おやすみ。里真。良い夢を』
「慶吾さんも」

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