甘いささやきは社長室で
またこうやって軽々しく触れて、心を乱す。けど、その心はどうせいつも通りでしょ?
意識してるのは、私だけ。
そう思うとなぜか胸は苦しくて、しがみつくように彼の胸元へ頭を押し付けた。
そのままやってきたのは、駅前にあるビジネスホテル。
私と桐生社長、それぞれひと部屋ずつ取った8階の部屋。そのうちの802号室……そう、私用の部屋で桐生社長はシワの伸びたベッドに私をそっとおろした。
「はい、マユちゃん。到着」
小さな明かりの中、少し硬いベッドに体が沈む。するりと腕を離そうとした彼に、私はその袖をぎゅっとつかんだ。
「マユちゃん?どうかした?」
不思議そうにこちらを見る顔は、やっぱりいつもと同じもの。
彼の茶色い瞳には、目をうつろにした自分の顔が映る。
「……どうして、普通の顔するんですか」
「え?」
「どうして、触れておいて普通の顔するんですか」
どうして、こんなこと聞いているんだろう。
どうして、意識してしまうんだろう。
だって私は、こんな男のことなんて嫌いなはず。
いきなりキスしてきたり、触れてきたり、最低な男で。
なのに表情を変えない顔がなんだか切なくて、悔しい。