甘いささやきは社長室で
そして、それから数十分ほど仕事についての話を終え、椎葉社長は『ではまた』と、この会社をあとにした。
ふたりきりになった室内には、彼女が空になったコーヒーカップをトレーに置く音が響く。
「まさか元カレが社長とはねぇ。知らなかったなぁ」
かがんだ体勢でテーブルを綺麗に拭くマユちゃんに、僕はソファに座ったまま嫌味っぽい言い方をした。
「……何年も前の話ですし、たまたま合コンで知り合っただけで、当時の彼はあくまで社長候補でしたし」
『だから関係ないでしょう』と言いたげに、その眉間にはシワが寄る。僕はそんな彼女の巻かれた毛先で遊ぶように、指先に絡めた。
「レストラン経営の社長になった元カレと再会して、最熱しちゃう?」
ふっと笑って言った意地悪い僕のひと言に、マユちゃんが表情を変えぬまま体勢を整えると、黒いその髪は指の間からするりと抜けていく。