甘いささやきは社長室で



「さっきのは、その……決して本心ではないといいますか」

「わかってるよ。会社では内緒にしておくんでしょ?社長が秘書に手出ししてちゃ社員の心象が複雑になることくらい僕だって分かるし」



……『わかってる』、そう口にするものの、言葉とは裏腹に表情は不満げなままだ。



そう、元々桐生社長は付き合っていることを公にしてもいいと思うと言っていた。

けれど私の『社長としての立場』云々の説得により、渋々、本当に渋々ながら了承したのだった。



けれど、私が他の人に否定していることを直接聞いてしまっては、やはり気分はよくないのだろう。

私の歩幅など一切気にせず早足で歩くその足からも、不機嫌さがよく伝わってくる。



「僕だって、ちゃんと『彼女はいない』で通してるから。どうぞご心配なく」





……そう言い張っておきながら、その後の仕事中も、そして帰ってからも不機嫌のまま。

結果、現在も口を聞くことなくテレビの方を向いたままだ。








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