甘いささやきは社長室で



「マユちゃん、そんなに近付いたらチューしちゃうよ?」

「え?」



そう言った瞬間、顔はずいっと距離を詰め、私の額にちゅ、と軽いキスをした。


不意打ちに額に触れた薄い唇の感触に心臓はドキッと跳ね、思わず私は手元のネクタイをギュッ!!と思い切り締める。

首が絞まった苦しさに、彼からは「ぐぇっ!」と鳥のような声が出た。



「っ〜……変態!セクハラ!」



ちょうど12階につき、開いたドアから降りながら声をあげる。



な、なんなの!いきなり!

触れた額にバクバクと鳴る心臓を押さえるけれど、赤くなる頬は隠しきれない。

それを見られないように一歩先を歩き社長室へ入る私に、桐生社長はネクタイを緩めながらゆっくりとエレベーターを降り、続いて社長室へ入った。



「そういえば今日、昼間食事会の予定入ってたよね?」

「えぇ。12時から日本橋の和食店『四季菜』で、そこのオーナーとお食事会の予定です」



手にしていた黒いショルダーから手帳を取り出し答えると、彼は壁にかけてある鏡を見ながらスルスルとネクタイを締め直す。



「じゃあ、その食事会マユちゃんも同行してくれる?隣に座ってご飯食べてるだけで構わないから」

「え?構いませんけど……珍しいですね。いつもならひとりで行かれるのに」

「四季菜のオーナーは僕以上に女性好きだからねぇ。男ひとりより女性秘書つきのほうが喜ぶんだよ」



あぁ、そういう意味ですか……。

めずらしく同行してというからなぜかと思えば……そういうこと。



少しの点でも見逃さずビジネスに利用するとは、ちゃっかりしているというか、なんというか。

まぁ、仕事が上手く運ぶならいいか。そう納得をして仕事を始めた。






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