甘いささやきは社長室で
バタバタと午前中の仕事を終え、迎えた昼。
13時を過ぎた、日本橋の和食店の個室には私と桐生社長、そして向かい合う形で座るひとりの男性の姿があった。
50代くらいの、メガネをかけた白髪交じりの痩せた中年男性。
彼はこの店のオーナーで、私たちとテーブルに並んだ色とりどりの和食料理を目の前に、ニコニコと笑顔を見せている。
「そちらから卸してもらっている食材を使っての和食膳です。どうぞ食べてください!」
「ありがとうございます、いただきます」
勧められる料理に、桐生社長が箸をつけたのを横目で見ながら、私も後を追うように箸を持つ。
「それにしても桐生社長、また美人を秘書にしましたなぁ!そんな美人秘書を連れておいて、ボヌール・竜宮のお嬢さんと縁談話もあるって噂じゃないですか。いや〜、羨ましい!」
「いえいえ、まだ話の段階で。自分はまだ半人前の身ですから」
桐生社長と婚約者の噂は、人から人へと伝って業界内に知れ渡っているのだろう。
心底羨ましそうに言うオーナーに、桐生社長は笑って誤魔化そうとするけれど、オーナーはまだその話題を終わらせることはない。
「半人前だなんてご謙遜を。そろそろ身を固めてもいい時期なんじゃないですか?お嬢さんも待ち望んでますでしょう」
「……そうですね、まぁ」
お茶を飲みながら小さくうなずく彼は、笑って答えてるけど、目が笑ってない。
そんな桐生社長の反応から、この話題が嫌なんだろうと知る。
……まぁ、そうだよね。彼は積極的に結婚を望んでいるわけじゃないし、乗り気で話せるわけもない。
そう納得していると、オーナーの視線はこちらへ向いた。