甘いささやきは社長室で





「本日はありがとうございました、ごちそうさまでした」

「こちらこそ。今後ともよろしくお願いします」



それから数時間後、食事会を終えた私たちはオーナーへ「失礼します」と頭を下げて店を後にした。



「来栖くん、すぐ迎え来れそう?」

「さっき電話したんですけど、『仕事が押したので今から会社出ます』とのことで」

「そっか。じゃあ駅前まで行って待ってようか。この辺りじゃ道も細くて入りづらいし」



桐生社長の言葉に頷くと、私はすぐ来栖くんへ電話をして駅前で待っていることを伝え、彼と並んで道を行く。

この辺りのお店の営業時間は夕方からで、今はまだ営業時間外なのだろう。辺りにひと気はなく静かだ。



ほんの少しの無言のあと、桐生社長は隣を歩く私の頭を突然わしわしと撫でた。



「なんですか?いきなり」

「気を遣わせたと、思って。さっき、ありがとね」



私が自ら話題を逸らした時のことを言っているのだろう。小さく笑うその顔は、いつものような軽さを感じられない。



この前と、同じだ。

結婚とか、そういった話題になると、途端に愛想笑いも下手くそになる。



それくらい、その心に引っかかっているのだろう。



その言葉に気の利いたことも返せずに、ついていくように歩き続ける。

そして細い道を抜け、駅前の大きめの通りに出ると、そこにはちらほらと人が行き交っていた。




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