不器用ハートにドクターのメス
「原田晃平さん、78歳。冠動脈バイパス術を、ミッドキャブで行う。予定出血量1000、予定時間3時間」
全身麻酔後、忙しなくタイムアウトを行ったところで、ほどなくオペが開始される。
予定手術なら、事故防止を図るため懇切丁寧に確認作業を行うのだが、一刻の猶予もない緊急オペはまた別だ。
それに、患者がここにたどり着くまでに、すでにスタッフ同士で連絡し合い、情報は行き渡っている。
冠動脈バイパスは、詰まりかけた血管の先と大動脈を、別の場所からとってきた2本の血管でつなぎ、血流を取り戻すというオペである。
まず行うことは、バイパスとなる血管の採取だ。
1本目に使用するのは、鎖骨の付け根から鳩尾の辺りまで伸びている血管、内胸動脈。
鮮やかに採取した後は、いよいよ心臓に切り込んでいく行程に入る。
「開くぞ、メス」
「はい」
神崎のメスが、患者の左胸部を斜めに切り開く。
皮膚と組織を切開すると肋骨が見え、内臓を保護する心膜に到達する。
肋骨を患者の頭側に押し上げるようにして広げて視野を確保し、その間から、次は心膜を切開しーーそこで初めて、心臓がお目見えする。
露出した心臓は、膨れ上がって鼓動を刻み、単体の生き物であるかのように動いている。
ここからは通常であれば、すぐさま心臓を停止させる。
人工心肺という装置に心機能の代わりをしてもらい、静止させた心臓に切り込んでいくという方法を取るためだ。