不器用ハートにドクターのメス
人から感謝されることをやりがいとしている医師も多いが、神崎は、感謝の意を向けられることを、どうも苦手に感じてしまうたちだ。
妙に居心地が悪い、と思う。恋愛の好意を向けられることも、また同様に。
短く深い息をつく。
気分を切り替えて再び足を動かそうとしたとき、ふいに事務室の中に人影を見つけ、神崎はすぐに歩みを止めた。
事務室にいたのは、真由美だった。
さきほどのやりとりを、見ていたのだろうか。棒のごとく突っ立った真由美は、引き寄せられるようにじっと神崎を見つめており、二人の視線はぴたりと合致した。
定時をとっくに過ぎているからか、事務室内には、真由美の他に人はいなかった。
ずいぶん遅くまで残ってるんだな、と神崎は思ったが、真由美の手に例のグレーカバーのメモ帳が握られているのを見て、すぐに理解する。
どうせまた、むさぼるように謎の書き込みを行っていたのだろう。
「……仕事終わったのか」
視線を一度も逸らさないまま、神崎は真由美に問いかけた。
怪訝そうに「はい」と答える真由美の目は挑んでくるようで、朝見たときから、その眼光の強さは全く変わっていない。
常に周りを威嚇していて疲れないのだろうか、と神崎は思う。
気が強そうで主張の激しい顔は、分類するならどう考えても捕食する側の肉食動物寄りだが、こいつは肉食というより、捕食されることを恐れてずっと気を張っている草食動物のようだ。
真由美に対して新たな感想を覚えつつ、その目を見据えながら、神崎は言った。