不器用ハートにドクターのメス
「暇、あるか」
「……はい」
「なら、ちょっと付き合え」
ちょっと付き合え。このセリフを吐くのは二度目だな、と言ってから神崎は気づく。
言いっぱなしにしてきびすを返すのも、これで二度目だ。
素直に従うだろうかと懸念するところはあったが、後ろのかすかな足音に、真由美がついてきていることを、神崎は確信する。
オペ室の自動扉、事務室までの二枚の自動扉。
その計三枚をくぐれば、一般立ち入りが許されるという話であったが、さらにもう一枚くぐれば、そこはもう外だ。
廊下の奥まった場所にある目立たない扉を押せば、すぐ非常階段につながっている。
非常階段は、吹きさらしの鉄筋のものではない。
しっかりとしたコンクリートでできており、踊り場には高い囲いがあるため、階段の一段目に座り混めばその陰に体を隠し、人目を避けることができる。
そんな、ちょっと一服の時にはうってつけのこの場所を、神崎は、自分専用の喫煙所として愛用していた。
正規の喫煙所は建物外に設けられているのだが、そこまで足を運ぶのは手間であるし、喫煙所にいるスタッフと会話を交わすことも、神崎にとっては面倒なことだ。
そういうわけで、この非常階段は神崎にはなじみの場所であったが、一方で真由美にとっては、初めて足を踏み入れる場所だった。
ここに非常階段があるということは、入職時に説明されていたのだが、働き出して以来、一度も使ったことはない。
普段は内部にある階段を使用するため、真由美はここを、本当に非常の時にしか出てはいけない場所だと思いこんでいた。