不器用ハートにドクターのメス
真由美を気遣ってか、「着くまで休んでろ」と言ったきり、神崎はしゃべらなかった。
真由美の方は、しばらく落ち着きなく視線をさまよわせていたものの、数分後には、フロントガラスを流れる景色に意識を置くことができるようになっていた。
もう辺りはすっかり暗いので、景色というよりは、街灯や店灯り、他の車のテールランプが流れていく様子と言った方が正しい。
自分の家に向かっているのに、いつも利用する電車から見る光景と、車に乗って見る光景はまた違うんだなと、真由美は思う。
心音と車の振動が、微妙にずれて体に響く。
緊張はしている。けれど同時に、真由美が居心地の良さを感じられているのは、体調を崩しているおかげでもあった。
もし体も頭も通常運行の際にこの車に乗せられていたとしたら、居心地が良い悪いどころか、真由美の心臓はもっていなかったに違いない。
いや、そもそも、体調を崩さなければ、神崎の車に乗るという状況にはならなかったのだが。
「言ってたケーキ屋って、ここか?」
神崎が次に言葉を発したのは、車が発車してから、おおよそ二十分が経過したころだった。
窓から見えるそこは、暗いながらも、間違いなく見慣れた自宅付近の風景だ。
あわててうなずく真由美に、神崎は「家は?」と質問を重ねる。
控えめに、少し先にある一軒家を指すと、神崎はもう少し車を進め、家のすぐ目の前で停車させた。
停まった瞬間に、真由美はシートから体を起こす。
そして上体を少し右にひねると、神崎に深々と頭を下げた。