いつか孵る場所
「透先生」

小児科病棟で回診して、新生児室に向かおうとした時、ナースステーションにいた河内に声を掛けられた。

「はい、これどうぞ」

手渡されたのはお菓子。

河内は仕事に没頭すると何も食べなくなる透を知っているので、時々ナースで分ける小さなお菓子を取っておく。

「ありがとうございます。
いつもすみません」

透は笑って頭を下げる。

今、2人いる小児科部長のうちの1人なのに、着任してきた時と変わらず腰が低い透。

河内が透を気に入っているのはそういう部分だ。

「あ…でも」

河内は透の全身を見て、

「少しだけ、肉がついた気がしますね。
ご飯、ちゃんと食べてますよね?」

河内のチェック力が何気に凄い。

「はあ、まあおかげさまで…」

「良かった。
このままきちんと栄養管理されてくださいね。
先生が倒れるような事があればたちまちここの小児科は回らなくなりますよ」

「はい。
管理してもらってテキトーに頑張ります」

透の言葉に満面の笑みを浮かべた河内だった。



新生児室に向かう途中で産婦人科部長の江坂に会った。

「あ、江坂先生」

「透先生、どうかされました?」

紳士的な笑みを浮かべて接してくれる。

「妊娠初期…多分、3~4週の時ってつわり、結構あります?」

江坂が『えっ!!』という表情を一瞬見せたが

「まあ、人によってそれぞれだと思いますが…。
敏感な方だと出ると思うし自覚症状もそれなりにあるかと」

「そうですか。ありがとうございます」

透がそのまま立ち去ろうとすると

「彼女…ですか?」

江坂が聞くと振り返って透は頷いた。

「その週数が確かならまだ本当に初期の段階ですし、この後、トラブルもあるかもしれません。
くれぐれも無理をされませんように。
そうですね…あと2週間くらい様子を見て生理が来なければ一度、連れて来てください。
まだその時でも心拍が確認されるかどうか微妙な時期ですが。
私が診察します」

「ありがとうございます」

「ただ…一つ、透先生に注意をさせてください」

江坂は真剣な眼差しを透に向ける。

「彼女と結婚する気なら早く、ご両親に報告しなさい。
家の事情も色々おありかと思いますが…人生の先輩としてのアドバイスです」
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