いつか孵る場所
透はゆっくりと顔を上げる。
ハルもそれに続いて顔を上げた。

父の鋭い眼は怒りの感情を含んでいる。

「許して頂けないなら、僕は病院を辞めます」

一番言いたくないセリフを透は吐いた。

「こんな事で辞めてどうする?お前の患者はどうなるんだ?」

更に父は怒っていた。

「そんな無責任で勝手な医者、こちらからお断りだ」

父は机を叩いた。

「俺は何もお前たちの結婚を許さんとかそういう事を言いたいんじゃない」

ハルは透の父は一瞬、口元を緩めたのを見逃さなかった。
さっきまで怒りを含んでいた目の色が子供を諭す親の目になっている。

「透、本当にお前には手を焼く。
俺はお前が自分で決めた結婚なら別に反対せん」

透は首を傾げる。

「彼女を先に妊娠させたのは不味い」

「確かにそうですがそれは父さんと母さんに反対されると思ったからです。それに…」

透は母を見つめた。

「もう二度と、ハルと離れたくありません。」

母は大きくため息を吐いた。

「そのことに関しては悪かったと思ってるわよ」

母の意外な言葉にハルは目を丸くする。

「…本当にごめんなさい」

母はハルに謝った。

「あ…いえ」

そうとしか言えなかった。
ハルの中では劇的に驚く言葉だったからだ。

「透、妊娠に関してはどう考えている?」

「再会した時、このチャンスを逃せばもう二度と、僕は恋もしないし人も好きにならないと思いました。
ハルも幸い、結婚していなかったし、特定の人もいなかったので、僕が強引にアプローチしたのです。
子供が出来たことに関して全ての責任は僕にあります」

「じゃあ、あいつらにもきちんと説明出来るんだろうな?」

- あいつら…? -

ハルには誰の事か全く見当がつかない。

「今のお前たちはあいつらの格好の餌食だ。
入籍より先に妊娠しているなんてハルさんが可哀相だと思わなかったのか?
あいつらに言いたい放題に言われるぞ。
全く、その辺が甘い…」

その瞬間。

「透…」

ハルは隣にいた透にしがみつく。
透も慌ててハルを抱きしめると

「母さん!ごみ箱持ってきて!!」

強烈な吐き気がハルを襲った。
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