強引な彼の求愛宣言!
お茶をふたつ乗せたおぼんを持って、こっそり深呼吸。



「……失礼します」



ノックはできないけれど一応声をかけてから、私はパーテーションの向こうへと足を進めた。

応接室では三木くんと東明不動産の担当者──つまり武藤さんが、何やら和やかな雰囲気で会話している。

そして目に入ったのは、テーブルの上に広げられたWebバンキング用の契約書類の数々。


……そうだった。これは私が金曜日のうちに、準備しておいたんだった。

この書類をまとめながら、『武藤さんに会えるかなあ』なんて、私思ってたじゃない。まさかその日の夜と翌朝会うことになるとは、これっぽっちも知らないで。



「どうぞ」



茶托に乗せたお茶を、静かにテーブルの上へと置く。

武藤さんが何の裏もなさそうな笑顔で私を見上げ、「ありがとうございます」と言って来た。

……よくもまあ、そんな飄々としてられますね!

荒ぶる心中はおくびにも出さず。私はただにこりと営業スマイルを見せると、三木くんの前にもお茶を出す。

そしてそのまま一礼し、すぐに応接室から退散しようとしたのに。



「あ、深田さん」



予想外に声をかけられ、訝りながら振り返る。

口元に笑みを浮かべた武藤さんが私を見上げ、トン、と自分の首筋を人差し指で叩いてみせた。



「それ。どうしたんですか?」

「──ッ、」



武藤さんが言う『それ』とは間違いなく、彼がつけたキスマークを隠すためのガーゼのことで。


……そんな、さわやかな笑顔で。

わざとらしく、『どうしたんですか?』なんて。
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