かわいい君まであと少し
「別に。何だかご主人様に従順な犬みたいだな、と思って」
「誰が犬ですか」
「志穂や俺のこと気を使って、わざわざ許可を貰うところなんて正に従順な犬。本当、そういうところが俺のツボなんだよな。かわいい」
 キッチンもスタンドライトも消していて、今は部屋に豆電球しか点いていない。そのなかでも優しく笑う望月課長がはっきり見えてしまう。頭の置かれていた手が頬へと動いた。親指が唇をなぞるように動く。
 自由に動く望月課長の手とは反対に、私は体を硬直させていた。どこを見ればいいかわからず、目を右に動かしたり、左に動かしたり、下に下げてみたりする。顔に触れている手に意識が集まり思考が停止していた。
 気がつくと望月課長の顔がすごく近くに来ていた。
 突然、スマホのマナー音が鳴り響き、私は体を仰け反るようにして望月課長から離れた。
 テーブルにある望月課長のスマホは特に何も変化がない。私のスマホが鳴っているのだろう。バッグから取り出すと由加里からの着信だった。私がスマホを手に取ったときにはマナー音は止んでいた。
「私、帰ります」
「ああ」
 望月課長は何も言わず立ち上がり、いつものように私が部屋に入るのを見届けてくれた。
 部屋に明かりを点けて、ベッドにごろんと横になった。
 もし由加里の着信がなければ、私は望月課長とキスをしていのだろうか。それとも拒否できたのだろうか。キスをしたら私はどうなってしまうのだろうか。
 ぼんやりと天井を見上げ、さっきまで触れられていた頬に手を置いた。

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