ヴァイオレット
「好きな人がいたんだ」

雅人さんは静かに言った。

「生まれたときから家が隣同士で、一緒に育ってきた幼馴染みがいたんだ」

雅人さんは立ち上がり、エレクトーンの後ろのベンチに腰を掛けた。

「好きだったんだ、その幼馴染みのこと。一緒にいるのがあたりまえだった」

好きな人、いたんだ。

ズキッと痛む胸をおさえ、私はうつむく雅人さんを見つめる。

「でも彼女は違うかったみたい。同級生の男と婚約をしたんだって。大学を卒業したら結婚するらしい。彼女にとっては、俺はただの"幼馴染み"でしかなかったんだ」

雅人さんのあの切ない声は、彼女への報われない想いがたくさんつまっているからだ。

今でも、彼女を想って歌っているんだ……

「ばかだな俺は。もう諦めなきゃいけないのに」

雅人さんの言葉のひとつひとつから彼女への感情が溢れていて、私は胸がはりさけそうなほど辛くなった。

幼馴染みが羨ましいと思った。

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