ヴァイオレット
「…雅人さんの、歌声が好きです」

これが今の私にとっての精一杯の告白だった。

「いつか新しい恋をしたら、素敵な恋の歌も歌ってくださいね」

雅人さんが失恋以外の恋の歌を歌うとき、私はどうしているだろう。

そのときもこうして雅人さんがベンチの前で歌っていて、私はそれを聞いているのかな。

それとも雅人さんは歌手デビューして、テレビカメラの前で歌っているかもしれない。

もっと有名になって、皆に雅人さんの声を聞いてほしい。

私の心からの思いだった。
でもそんな気持ちと裏腹に、

ずっとそばで聞いていたい、
この声をひとりじめしていたい。

2つの対極な気持ちが、私の心で交差する。

「うん、約束するよ」

そう言って笑った雅人さんの笑顔に、私は複雑な思いで笑い返した。

< 8 / 24 >

この作品をシェア

pagetop