平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
奇妙な昼食会に出された定食は、社交性抜群の脩人くんをもってしても無言で箸を進めさせるほどに美味しくて。付け合わせの野菜でソースを残らず搦め捕るほど綺麗なお皿になっていた。

「ごちそうさまでした。すっげー旨かったです」

熱い番茶を一気に呑み干し、財布から千円札を引っ張り出そうとした脩人くんを、晃さんが首を横に振って止めた。

「ごちそうするって言ったよ。もし気に入ってくれたなら、また食べに来てもらえると嬉しいな。お友達でも連れて」

晃さんの大人な余裕の対応が、脩人くんの負けず嫌いを刺激したらしい。「ごちそうになります」と丁寧に頭を下げてお礼を言ったあと、意を決した顔を上げて少し高い位置にある晃さんの顔と対峙した。

「でも、いくら身内だからって、休みの日まで北……礼子さんをこき使うのは止めてあげてください。平日だってしっかり仕事をこなしているんですから」
「なっ! なに言ってるの!?」
「礼子さんだって、本当は疲れが溜まっているんじゃないですか? 最近会社でも、なんだか元気ないですよ」

挑むように晃さんに向けていた大きな目を、今度はこちらに向ける。真っ直ぐに見据えられた瞳の中に映ったわたしは、なんとも言えない情けない顔をしていた。

そんなつもりはなかったけれど、知らず心の内が滲み出てしまっていたのだろうか。

「……そうだね、甘えてばかりじゃいけないよな」
「晃さ……。違っ――」

否定しようとしたわたしの意見は、ふにゃりと歪んだ口元から紡がれた声に覆われる。

「うん。急いで、バイトの人を探すよ。脩人くん、だっけ? 彼女の心配をしてくれてありがとう」
「オ、オレは別に。仕事にミスが出たら困るからってだけで」

人生経験値の差か。脩人くんはあたふたと言い訳して、まだ寄るところがあるからとドアベルを高らかに鳴らして出ていった。

「すみません、口ばっかり達者で」

不出来な弟をもつ姉の気分になって彼の失礼を謝る。だけど晃さんは、肩を落として小さく息を吐いた。

「いいや、彼の言う通りなんだ。ホントごめん、礼ちゃん。…それに希も」
「私はいいのよ、好きで手伝っているんだし。でもそうね、そろそろちゃんとしないと、礼ちゃんにも迷惑かけちゃう」

う~ん、とふたりして拳を顎に添えて唸り始めてしまう。

せっかく美味しくいただいたハンバーグランチの後味は、予想外の人物の登場によってずいぶんと苦いものになってしまった。
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