平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
4.セつない想いを閉じ込めて
4.セつない想いを閉じ込めて


なんとなく微妙な雰囲気が消えることのないまま、数日が経った。
毎日のように降る雨のせいで、じめじめと心の中にまでカビが生えそうになる。

いつも通りにお弁当を受け取とうとした朝、晃さんは、安心したような顔でお弁当を差し出した。

「パートさんがふたり、平日のランチの時間に来てもらえることになったんだ」
「そうなんですか。よかったですね。希さん、最近は動くのがかなり大変そうになってきてるから」

普通の会社員だったら、そろそろ産休に入る時期だ。さすがに大きく張り出したお腹で、いままで通りに働くわけにはいかないだろう。だから、晃さんも一安心したのかもしれない。

「それから、夜と土日に入れる学生のバイトもみつかってね。来週から出てもらうことにしたから」
「そう、ですか。じゃあ……」
「うん。ごめんね、弁当も次の金曜日まででいいかな。いままでありがとう」

受け取った袋はいつもよりずっしり重く、最後に向けての大盤振る舞いなのかと勘ぐってしまう。

「こちらこそ、美味しいお弁当を毎日ありがとうございました。いってきます」
「いってらっしゃい」

この、耳に心地好い柔らかな声に送り出されるのもあと数回。そう思うと、振り返って手を振ることができなかった。


 ◇


最後のお弁当は、わたしの好物で埋め尽くされていた。
蓋を開けたとたん目に入った黄色い玉子焼きの輪郭が歪んで見える。

よかった。吉井さんに嘘をついてまで一人になって。

繁忙期の週末、しかも五十日(ごとおび)で銀行が混みそうだから早めに行ってくる、と言って借りた社用車の運転席でハンドルに顔を伏せた。
フロントガラスに落ちる雨粒のように、紺の制服のスカートに水滴の染みができる。

これじゃあ、晃さんを好きになったのか、お弁当に惚れたのかわからないじゃない。
ふふっ、と自嘲の笑いが狭い車内にこもった。

コツン。耳の横で響いた音に顔を持ち上げれば、腰を屈めて外から運転席を覗いている脩人くんがいた。
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