平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
「……どうって」
「入社の挨拶のとき、俺のことバカにしてましたよね?」
「あっ! ご、ごめん」

つい正直に謝ってしまえば、ガックリと肩を落として浮いていた腰をベンチに戻す。

「いえ、いいんです。俺も親父の会社をバカにしてたから」

まさかの告白に目が点になるけど、彼は淡々と言葉を繋いでいく。

「実は俺、ToLuck(トーラック)本社に内定をもらっていたんです」

ToLuckというのはウチの社の親会社で、一部上場の優良企業だ。

「でも親父があんなことになっちゃって。病気で弱っている親に頭を下げられたら、断れないじゃないですか。それにいづれは、ってのもあったし。でも心の奥でちょっとだけ期待してたんです。先方に引き留められるんじゃないか、って」

キレイに整えられた眉を八の字に寄せると、ふっと自嘲の笑みを零す。

「もちろんそんなことはなくって。逆に「お父さんをしっかり支えてあげなさい」なんて励まされちゃいました。――人事のお偉いさん、親父のToLuck時代の同期だったんです」

あぁ、それは。なんとなく察しがついてしまって、わたしも眉を曇らせた。『コネ』という単語が頭に浮かぶ。

「やっぱり、そう思いますよね。親父たちはハッキリとは言わなかったですけど」

すべてが悪いとは思わないけれど、自分で勝ち取った道だと信じていたのなら、それはショックだろう。

「まぁそんなこともあって、あの会社に思い入れなんて持てなかった。適当に仕事をしていれば、将来は自分のものになるんだし、っていう生っちょろい考えを、見透かされた気がしたんです。あのとき礼子さんに」
「わたしはそんなつもりじゃ……」

いや、本当の理由もこの状況では言い出せないけどさ。

「だからなんかムカついちゃって。いろいろと突っかかってしまってすみませんでした」
「あ、いや、別に。わたしのほうこそ、大人げなかったし」

潔く頭を下げられ、その真っ直ぐさにどぎまぎする。

「でも頑張ってるじゃない、仕事。はっきり言って見直したよ」
「それは、礼子さんに教えられたから」

わたし、なにかしたっけ? 身に覚えのないことに首を傾げた。

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