平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
「真田様の資料。直接の自分のお客様じゃないのに、あんな気遣いができるんだなって」
「――あんなの、普通でしょう?」

またしてもこそばゆさが身体中を走る。褒め殺しされちゃうんだろうか。照れ隠しに、行儀悪くぶすっと箸を刺した玉子焼きを紙皿に乗せた。

「そんなことありません。あの件で、仕事って『する場所』でなく『する内容』が大事なんだって気づかされました」

そんな大げさな。ますます身体がむず痒くなって、玉子焼きを口の中に放り込む。優しい甘さが口にいっぱいになった。

「それで、なんですけど」

一変してもそもそとしゃべりながら、止まっていた箸を動かし始めた。

「今度、ウチに遊びに来ませんか? 犬たちもいるし」
「え、いいの!? 思いっ切りもふもふしちゃうよっ!!」

話にのりかけて、ハッと我に返る。脩人くんの家ということは社長の自宅にお邪魔することで。

「えぇっと、あの、やっぱりそれはちょっと。ただの一社員が社長のお宅にお邪魔するわけには……」
「あー、もうっ!!」

しどろもどろで前言撤回を試みるわたしに、脩人くんは苛立たしげに髪をかき上げた。

「どう言えば通じるんですかっ!? 告白なんてしたことねぇから、どうすりゃいいんだ? ったく面倒だな」

最後は舌打ちつきの独り言のように言い捨てる。それはあまりにも唐突な言葉で耳を疑った。

「え? いったいなんのこと?」
「だから! 俺と付き合ってくださいってこと。彼女として家に来て欲しいって意味。こう言えばわかってもらえるんですかっ!? どんだけ鈍いんだよ」

およそ甘い内容にそぐわない駄々っ子のような口調に、思わずクスッと笑ってしまって睨まれる。
だけど、ということは?

「本気? 冗談でしょ? だって、わたし4つも年上だよ」
「そんなことはわかってます。でもしょうがないじゃないですか、好きになっちゃったもんは」

――好きになってしまったものは、しょうがない。

自分に向けて放たれたはずの言葉が、わたしの胸にストンとはまる。

「ただ淡々と、流れ作業のように仕事をこなせばいいと思っていた毎日を変えてくれたのは、礼子さんなんですよ?」

――なにも変化のない、平凡だったわたしの毎日に恋心というときめき添えてくれたのは、だれ?
< 44 / 80 >

この作品をシェア

pagetop