平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
「そうですよね。たとえばわたしが脩人くんに告白されたと言ったって。それを、他に好きな人がいるからって断ったとしても、晃さんにとってはどうでもいいことですもんね」

きっといまのわたしは、二日酔いの寝起きより、雨に打たれて立ち尽くしていたときよりも酷い顔をしているはず。
せめてもと意識を口元に集中させて、口の端を上げようと試みた。

「すみません、変なことを言っちゃいました」

ゆっくりと力を抜いて離そうとした手が、彼の手に引き留められる。いつもと違う険しさを含んだ瞳の色に、ようやく違う彼を引き出せたと満足した。

もう十分。これ以上は、誰のためにもなりはしない。

「ちょっと待って。俺の思い違いだったら、ものすごく恥ずかしいんだけど――」
「違います。そんなはず、あるわけないじゃないですか」

きっぱりと、ハッキリと否定する。そうしなければいけないと理解している程度には、まだ常識が残っていた自分にほっとした。

「でも。言葉通りに受けちゃいけないんだよね?」

腰を屈めて覗きんできた瞳には、わたしがいままで見たことのない甘さと危うさが潜んでいる。捉えられたままの手で逃げることを封じられ、わたしはカウンターと晃さんに挟まれ身動きが取れなくなってしまった。

「オジさんをからかっておもしろい? ほんのちょっとでも期待してしまった俺が間抜けなのかな?」

ものすごい速さで打ち始めた鼓動に気を取られ、危うく聞き逃してしまうところだった。

「……期待?」
「そう。年甲斐もなくドキドキしちゃったんだけど? 念のために言っておくけど、年齢による動悸じゃないよ」

からかうように目を細める。目の前の晃さんから、ほわっと出汁の優しい香りがした。

「な、んで、です……か? 希さんが、いる、のに」

まるでその仄かな香りに酔ってしまったように、呼吸が苦しくなってくる。
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