平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
「晃っ! なんか食わせてくれ。あと、今夜はおまえの部屋に泊まるからな」

壊れるんじゃないかと心配してしまうくらいに勢いよく開かれたドア。その前に現れた男の人のシルエットに、わたしたちは弾かれたように身を離して視線を向ける。

「あ、悪い。1時間後にまた来るわ。それまでにすませておいて」

な、な、なにをですかっ!?

「待てよ、一樹」

晃さんが、ため息とともに思いっ切り不機嫌な声で呼び止めた。一樹さんはクルッと首だけを店内に戻す。

「なに、1時間じゃ足りないって? でもなぁ、この辺で時間潰すって言っても」
「ち、違います。大丈夫です。長旅でお疲れですよね。いま、お茶でも淹れますから」

この場から一刻も早くわたし自身を消し去りたくて、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。

「礼ちゃん、アイツに構わなくていいから」

わたしの肩を押して椅子に戻すと、一樹さんを一瞥して厨房へ向かう。

「大したものは作らないぞ」

作れない、じゃない辺りが、幼なじみの同級生という晃さんと彼との関係性を窺わせている。一方、一樹さんはまったく意に介さずに、「サンキュー」とついさっきまで晃さんが座っていた席を陣取った。

「礼子ちゃん、だよね? 希がずいぶん世話になったって聞いたよ。ありがとう」
「いいえ、ぜんぜん。赤ちゃん、おめでとうございます」

座ったまま頭を下げる。そのうちに厨房から美味しそうな音と匂いが届いて、思わず首を伸ばした。

「なんとかギリギリで立ち会いに間に合ってさ。パパのこと待っててくれるなんて良い子だよな、ウチの娘。そうだ! 超プリティーなひかりを見てやってよ~」

スーツのポケットからスマホを出して画面をタップすると、これでもかという枚数の赤ちゃんの写真が現れる。いっしょに写る希さんも、とっても幸せそうないい笑顔をしていた。

「可愛い。もう、名前が決まったんですね。ひかりちゃん?」
「ううん、まだ(仮)。あとの候補に、こまちとつばさ、こだまは男の子っぽいかな」

……それって。
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